積穏町犯罪特区(せきおんちょう・はんざいとっく)』 ~犯罪補助アプリ(免罪符)で無双する悪党どもを、元暗殺者の少女が「肉体言語」で更生(分から)せる~
蛇箱
第0話 免罪符と断罪者
57万円。それが強盗の権利とその助っ人に——補助員にかかった費用だった。
「強盗の『免罪符』を買ったんで、殺してもオッケーだから。ああ、金はきっちり回収してくれ。かかった費用の3倍は欲しいね」
男は補助員に更に言った。
楽しんでくれ、と。女もいるしな。
強盗はスムーズに行われた。一軒家の中で、拘束され、怯える女性に男は囁く。お金の位置は分かっているし、君の両親が帰ってこないことも知っている。セキュリティの解き方も知っているし、この家にある現金の金額も保管場所も知っている。
聞きたいことはない、と彼は言うと酷薄に続けた。俺達は奪うだけだし、お前は奪われるだけだよ……
よ、の言葉が終わる前だった。濃厚な鉄の香りに、男が包まれる。
何だ? と思った時には、隣にいた補助員の一人が、床に倒れていた。
何事かと男は振り返り——
刹那、胸を衝撃が貫かれ、男はもんどりを打った。世界が明滅し、うまく呼吸ができない中、黒ずくめの人物が手槍を握っているのを見て取る。
刺された! 男は焦って胸元を手で弄るが、鈍痛があるのみで血は出ていない。刺されたのではなく、叩かれたのだ。
むせながら男は黒ずくめを見上げた。黒ずくめはゴーグル越しに暗い瞳を浮かばせ、一言告げる。
免罪符を渡せ。
手槍がチリになったのはその時。跡形もなく消える手槍に男が混乱していると、もう一人の補助員が室内に突入してきた
ちか、とナイフの刀身が光沢を放つ。補助員が柄を握る右手を顎下に引きつけ、切っ先を黒ずくめに向けた。
そこで男は見た。黒ずくめの両手に霧が広がるのを。再びむせ返るような鉄の香りが充満するのがわかった。
その霧から、鎌が出てくる。二つの黒い鎌が、左右の手の前に突如として顕れた。
黒ずくめが鎌を握った瞬間、バネで弾かれように、補助員の右手が伸びる。
軌道を見極め、黒ずくめは左肘を回して鎌を落とした。
左の鎌が男の右前腕に巻き付き、放たれた刺突を外側に逸らした直後、右の鎌が補助員の左脇に差し込まれて刃部が肩甲骨に回る。
右手から伝った蛇が左の脇下から牙を立てたかのような錯覚に補助員が陥った直後、彼の腕を黒ずくめは引き、同時に右の鎌を持ち上げた。
黒ずくめは右足を相手の右足の外に滑り込ませ、腰をぶつけながら全身を左に捻った。
補助員の足が床から離れ、身体が宙を舞う。
背中から落とされた補助員は、息を詰まらせながら、なんとか身体を起こした。
黒ずくめは右の鎌を掌で回転させて握り直す。
右フックの動きで柄頭をこめかみに放った。駄目押しで左の鎌でもこめかみを打てば、補助員の意識をきれいに刈り取られる。
男は、反応できない。黒ずくめは振り返って、もう一度告げた。
免罪符を寄越せ。言いながら今度は、刀を霧から生み出した。
黒い切っ先に迫られる。
化け物。
霧から生まれた化け物。
男は抵抗の全てを捨てた。
免罪符が、渡される。
消えろと、黒ずくめは言った。
男は脇目も振らずに逃げて行く。黒ずくめはそれを見届けてから、自分の免罪符を起動して、自身も退散する連絡をした。
帰投する際、鏡に映る己を目にする。黒ずくめは、一部からフェイと呼ばれる彼 女は、ふと思った。
今日、また自分は誰かの罪を絶った。
私の罪を断つのは誰なんだろう?
フェイを本当の意味で終わらせるのは、誰なんだろと思った。
その町には交番がなかった。
積緩町は神奈川県の一角にあり、観光資源も特になく、特産品もこれといってない場所だった。
かつては過疎化が進み、起死回生を狙った開発のハリボテだけが大きく目に残る場所だった。
過去しかない町だった。影のみが伸びて、しかし実体が見えることはない。
実体が出来たのは、18年前。
積緩町の最大派閥であり、県知事が所属している浪士党、そしてその専属の警備を担っているロウ・ディフェンダーがそうだった。
交番もなく、警察官もいない町中を赤青 水汐(セキショウ ミシオ)は歩く。中学二年生の彼女は弓道部に所属していて、その部活を終えて今、懇意にしてもらっている旅館の手伝いに向かっている最中だった。
目的地の夏原旅館には程なくして到着する。
水汐は指紋認証と顔認証をして従業員用の扉を潜った。
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