第4話帰還
「お、目が覚めたか。」
ヒロハタが目を覚ますとそこには無機質な金属の天井があった。
「ここは?」
「母艦の医務室だ。君は
宇宙戦闘艦の軍医がカルテに書き込む手を止めてこちらを向いた。ヒロハタは記憶をたどる。
フジタ隊長たちが敵基地の中央部、敵兵が歌いながら立てこもったそこへたった三人で突撃するのを援護しながら三人が次々に倒れていくのを目の当たりにした。そして敵兵が一人残った自分に襲い掛かってくると、隊長の命令を遂行するためそこから脱出した。戦闘スーツの通信機で母艦にSOSを発信し、回収のランチが到着するまで瓦礫に身を潜め生き延びた。戦闘スーツがSOS信号を発信するとその後バッテリーが続く限り追跡ビーコンが一定間隔で位置を知らせる。それを頼りにランチがやって来たのを見届けて気を失った。
「そうだ、僕は戦況の報告をしなければ。」
ベッドから起き上がろうとするが体中が痛くて思うように上体を起こすことさえままならない。
「無理をするな。それに君が報告せずとも既に戦況は知れている。」
「どういうことですか?」
「今回の作戦で14か所同時に攻めたが、落とせたところは1か所もない。今回も我々の負けだ。」
「あの、今回もってどういう・・・地球は優勢じゃないんですか?軍部の発表じゃいつも・・・」
「ああそうか・・・」
軍医は言葉を濁し話をすり替えた。
「今回の作戦で生還したのは君一人だけだ。せっかく拾った命、大切にしなさい。」
ヒロハタは生還は一人だけと聞いて衝撃を受けた。無言で首から下げている自分のタグを手に取りじっと見つめてぎゅっと握りしめた。
「あの、みんなの遺体は、回収できたんでしょうか?」
ヒロハタが悲愴な面持ちで尋ねると軍医は寂しげに微笑み教えてくれた。
「残念だが。放射能がきつくてね、それにソウチューガ人の抵抗をすり抜けながらの回収は命懸けだ。それでは回収班が回収されることになりかねん。だから生きている者しか回収しない決まりだ。」
「じゃあ地球に届いている遺体ってのは・・・」
これには軍医は何も答えない。
「でもね心配はいらないよ。
ヒロハタは目を見張った。
「身に付けていたタグも同様に回収は難しい。君のように生き残った者が持ってきてくれれば別だが。」
ヒロハタはうつむいた。
「あの僕はこれからどうすればいいんでしょうか。」
「私は君の上官ではないから正確なことは言えんが、とりあえず君は後方の拠点へ一度引き上げることになる。そこで再出撃となるか、それとも・・・」
「そう、ですか。」
手にした力を誇示したくて地球軍はソウチューガに侵略戦争を仕掛けた。地球外生命体と初めての邂逅、和親ではなく植民地化による服従を迫ったが予想外の反撃に遭う。それを挽回しようとさまざまな策を
「総司令あなたにお預けしている軍が”掃討軍”と銘打っている理由はお分かりですよね。」
今回の失態を受けてさらなる兵站の追加補給を要求してきたソウチューガ掃討軍総司令に対して地球にいる参謀本部長は回答の代わりに質問を返した。その声色には嫌みがたっぷりと込められている。
「貴様に言われずとも百も承知だ。一週間後に到着する兵站だけでは足りぬ。それは地球でのうのうとしている貴様らにもわかることだろう。」
参謀本部長はわざとらしくため息をついて見せた。
「本当にお分かりになっていらっしゃるのでしょうか。戦争継続には戦意高揚のための大義名分が必要です。そのための掃討軍なのですよ?対ソウ戦はあくまでも奴らが先に手を出した。先遣隊は友好を求めたにも関わらず全く話を聞いてもらえず無残に撃沈、虐殺された。その報復戦という
「その話はいい。同じことを繰り返すな。」
「総司令のそのお言葉そっくりお返ししますよ。同じことを繰り返さないでいただきたい。」
モニタの向こうで総司令が眉をしかめる。
「貴様も一度前線に来い。やつらがどれだけ執拗かよくわかるだろうよ。」
参謀本部長は肩をすくめる。
「ソウチューガの連中から見たら地球のほうが執拗に攻めてくると思っていますよ。何度追い返しても懲りずにやってくるのですから。」
「ええい、貴様はどちらの味方だ。埒が明かん。元帥閣下か統括政府の大統領を出せ。」
「元帥閣下も大統領閣下もお忙しい身ですから。ご希望には添えません。」
今度は参謀本部長から通信を切った。
総司令は腹の虫が治まらず医務室へアルコールを奪いに来た。
「総司令、それは治療用です。飲用ではありません、死にますよ。」
「かまわん、軍本部はいっそ私が死んだほうが喜ぶってものだ。」
「何があったか知りませんが、
総司令はここでもままならないことにさらに苛立って声を荒げた。
「こんなことなら侵略などしなければよかったのだ。先遣隊のバカどもが。尻拭いをさせられる身にもなってみろ。」
総司令は手に持っていた消毒用アルコールのボトルを壁に投げつけて出ていった。
「やれやれ、作戦の後はいつもこうだ。まあ仕方ないか。」
軍医は床に転がったボトルを拾い上げると棚に戻した。
「先生、侵略ってなんですか?」
カーテンの向こうからヒロハタが顔を出した。総司令が大きな声でがなり立てていたから聞こえてしまったらしい。
「世の中には知らないほうが幸せなこともある。特に君のような兵士はね。」
軍医は涼しい顔でにっこりと微笑んでヒロハタをベッドに戻した。ベッドに横たわったヒロハタの頭から侵略の文字が消えない。その彼の脳裏に目の前で死んでいったソウチューガ兵の憎しみに満ちた目が浮かんできた。
『僕たちが侵略者?それならあの敵兵の目も納得できる。僕たちが侵略者なのか?』
ヒロハタは首を動かしてカーテンの向こうにいる軍医の気配を探した。
『先生は全部知っている?』
「まさか、ね。」
ヒロハタは天井に向き直り今までの日々を思い返した。
ヒーローものにあこがれた子供時代。サイクリングにのめりこみ今でも続く趣味となりあちこちに走りに出かけたこと。それを通して出会った人々のこと。そんな日々を過ごしていたある日政府のSNSから戦争勃発のニュースを知る。人類が初めて出会った地球外生命体。仲良くできるどころか戦争になり、あれから3年。いまだ止むことを知らない戦争が続いている。軍部の発表はいつも同じ。「辺境惑星の野蛮人無意味な抵抗」「我が軍は順調に進撃中」「勝利は確実」と勇ましく戦意を掻き立てるものばかり。しかしアングラから流れてくる情報はどれもそれらとは正反対。政府はアングラ情報の一掃に力を入れている。それまではフェイクを流す連中を厳しく取り締まっているのだと思い込んでいた。だから赤紙を受け取ったときは志願兵ほどではないにしても地球を守るため、殺された同胞のために戦うぞと意気込みもした。しかし実際にソウチューガへ来て、彼らと戦い、負けを喫するとアングラの情報も間違いではなかったことを知る。
ヒロハタの胸に言葉にできない感情が沸き起こってきた。
「お食事です。」
衛生兵が配膳に来た。
「起きられますか?」
衛生兵の手を借りてヒロハタはベッドの上に起きあがる。横にあったテーブルを目の前に引き、その上にプレートが乗せられた。ヒロハタはそれを見て目を見張る。
「どうかしましたか?」
衛生兵が怪訝そうにヒロハタの顔を覗き込む。
「え、あ、いや、あったかくておいしそうだなと思って。」
ヒロハタは取り繕うように笑ってごまかした。
「しっかり食べてくださいね。でないと元気でませんよ。」
衛生兵はにっこり微笑んで退室した。
テーブルの上に置かれたプレートには炊き立てのほかほかの白い飯と椀によそわれた具だくさんの味噌汁、食欲をそそる美味そうな匂いの肉料理、その隣には消化を良くするために火を通した野菜が盛られている。どれも温かくて、ご飯とみそ汁は湯気までたっている。顔を近づけるとその温かさにほっこりする。戦闘糧食とは違うぬくもりのある食事。
ヒロハタの目に涙がにじんできた。白い飯に死んでいったフジタ隊長、サンダ軍曹、キリノ、ヤマモト、タジマの顔が浮かんでは消えていく。皆にこやかにヒロハタに笑いかけてくる。
『ヒロハタ死ぬんじゃないぞ!』
背中に飛んできたキリノのセリフが辛い。
『生きて地球へ帰れ』
フジタ隊長の言葉が重い。
「ぁぅ・・・うぁ、ひっく・・・」
ヒロハタは声を殺して嗚咽する。
「みんな・・・ごめん、僕だけ・・・」
ヒロハタの目からしょっぱい涙がとめどなく溢れて止まらない。ヒロハタは右腕で両目を覆った。声を殺すのに唇を噛み締める。
カーテンの向こうでカルテを書いていた軍医はその嗚咽にそっと目を閉じた。ペンを握る軍医の手に力がこもる。ペン先が細かく震えて意図せぬ模様を描き出している。
ヒロハタを乗せた母艦は手垢すらついていないまっさらなタグだけを遺族のもとへ届けるために後方の拠点へ向かって静かで暗い空間を滑っていった。
欺瞞戦線~栄光の墓標 山田隆晴 @pyon7
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