第4話 よぼーせっしゅ
大仏家の双子にとって、今日は初めての予防接種の日です。
真緒ちゃんと真里ちゃんは、詩緒里さんに手を引かれながら、小児科へ向かって歩いていました。
真里ちゃんは不安げに母の指をぎゅっと握っています。
一方で真緒ちゃんは、いつものように胸を張っていました。
「まお、つよいから! よぼーせっしゅなんてへいき!」
威勢は立派ですが、どうやら予防接種というものを“よく分かっていない”ようです。
はてさて、どうなることやら。
◆
待合室に着くと、すでに何組かの親子が座って診察を待っています。
真緒ちゃんは周囲をぐるりと見渡し、どこか落ち着かない様子です。
真里ちゃんは胸の前で両手を握り、緊張した表情で座っています。
そこへ診察室の扉が開き、先に入っていた子どもが泣きながら出てきました。
「うわぁぁぁぁん!! いたかったぁぁぁ!!」
待合室の空気が一瞬で凍ります。
双子はぴたりと動きを止めました。
真里ちゃんは肩をびくっと震わせ、真緒ちゃんは目を見開いたまま固まります。
そして、そっと詩緒里さんの方にだけ顔を向けました。
完全にビビっています。
強がりの魔王でさえ、現実を目の当たりにすると弱いようです。
「ま、まおは……つよい……つよいから……な、泣かない……!」
声が裏返っていました。
◆
しばらくして、名前が呼ばれます。
「大仏真緒ちゃん、真里ちゃん〜」
その瞬間、真緒ちゃんの顔が石のように固まりました。
「……まお、きょうは……ねむいからやすむ……」
「休めないですよ~」
詩緒里さんは真緒ちゃんを抱え、半ば持ち上げるようにして診察室へ向かいます。
真緒ちゃんは空中でバタバタと足を動かしながら抗議しました。
「いやー! いたいのいやー!! まおのうでがなくなるー!!」
「なくならないですよ~」
診察室に入る前からすでに大騒ぎでした。
真緒ちゃんとは対照的に、真里ちゃんは大人しく詩緒里さんの背に付いて行きます。
◆
まず、真里ちゃんの予防接種が行われます。
椅子に座った真里ちゃんは緊張で唇をかみしめながらも、必死に耐えていました。
「ちょっとだけチクッとしますね〜」
「……うん」
肩をすくめて小さく震えましたが、真里ちゃんは泣くのをぐっとこらえました。
「はい、終わりましたよ。よくできました。」
看護師さんの言葉に真里ちゃんはほっとしたように息を吐きました。
対して真緒ちゃんはというと──
看護師さんの準備する注射器を見て、眼をぎらぎらさせて警戒しています。
「なんだそのキラキラのあぶないやつ!!」
「危なくありませんよ〜。真緒ちゃんのためのお薬です」
「ちかよるなー!!」
看護師さんは苦笑しました。
「真緒ちゃん、腕を出してくださいね〜」
詩緒里さんに抱えられ、逃げられないと悟った真緒ちゃん。
「まおは……つよい……つよ……」
真緒ちゃんは震えながらも腕を出しました。
しかし、消毒液が触れた瞬間──
「ひゃぁぁぁぁぁあ!!」
看護師さんの手がわずかに止まりましたが、そのまま注射が行われます。
そして針が刺さると同時に、診察室に絶叫が響きました。
「ぎゃーーーーーーっ!!!
まお、いきてる!? まだいきてるの!?!?」
「生きてますよー。大丈夫です」
看護師さんは笑いをこらえながら声をかけました。
◆
全てが終わり、双子は待合室に戻りました。
真里ちゃんは涙を少し残しながらも落ち着いた表情で座っています。
真緒ちゃんは鼻をすすりながら、なぜか胸を張っていました。
「まお……がんばった……。
まお、きょうで……つよくなった……」
その姿は、まるで大きな戦いから帰ってきた勇者のようです。
真里ちゃんが真緒ちゃんの頭を撫でて慰めています。
「よく頑張りました。えらいですよ~」
詩緒里さんが優しく言うと、真緒ちゃんは誇らしげにうなずきました。
しかし詩緒里さんが続けます。
「じゃあ、また来月も予防接種があるから、そのときも頑張りましょうね~」
「……え?」
真緒ちゃんの表情がスローモーションのように凍りつきました。
「ら、らいげつ……?」
「予防接種は2回ありますからね~」
「むりーーーーー!!!!!」
病院中に響き渡る叫び声が、今日一番の大きさでした。
こうして双子の初めての予防接種は、涙と大騒ぎと、そして小さな成長とともに幕を閉じました。
まおーてんせい! @kabrakatabra
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