『居酒屋うたかた』 —後悔だらけの、口直し—
あぐらおね
第1話:お蔵入りの麻婆豆腐と、白いスープ
路地裏に揺れる、生成り色の暖簾。店主の詩(うた)は、弱冠二十四歳。
この店『うたかた』には、風変わりな決まりがある。客が持ち込んだ「食べ残し」や「失敗作」を、彼女が別の料理に作り変えるのだ。
「……これ、なんとかなりますか?」
カウンターに置かれた重い密閉容器。中には、真っ赤に染まった大量の「麻婆豆腐」が入っていた。持ち込んだのは、スーツ姿の女性・恵。
「昨夜、同棲中の彼と大喧嘩して。彼、辛いのが苦手なのに、私がストレス解消に激辛で作っちゃったんです。結局、一口も食べてもらえなくて……」
恵は肩を落とす。麻婆豆腐は、彼女がぶつけすぎた感情の塊だった。
詩は、容器を覗き込んでニッコリと笑った。
「激辛、いいじゃないですか。パワーがあります。でも、今の恵さんには少し刺激が強すぎるかな。優しく、書き換えちゃいましょう」
詩はコンロに火をつけた。
まず、麻婆豆腐をザルに上げ、表面の激辛ラー油をサッと湯で洗い流す。驚く恵をよそに、詩は手際よく「豆乳」と「白味噌」を小鍋に注いだ。
「一度ついた色は、全部消さなくていいんです。それを活かして、新しい色を重ねればいいんですよ」
詩は洗った豆腐と挽肉を、豆乳スープの中へ。隠し味にひとつまみの砂糖と、たっぷりのすりごまを加える。仕上げに、茹でたてのうどんを器に盛り、その上からとろりとしたスープをかけた。
「はい、お待たせしました。『仲直りのクリーミー麻婆担々うどん』です」
湯気とともに立ち上がったのは、マイルドな胡麻の香り。恵が恐る恐る口に運ぶと、豆乳のまろやかさがトゲのある辛さを包み込み、奥深い旨味に変えていた。
「……美味しい。あんなに尖っていた辛さが、こんなに優しくなるなんて」
「恵さん。自分の気持ちをぶつけすぎたなら、次は相手が飲み込みやすい言葉を足せばいいんです。このうどんみたいにね」
詩は、調理場を片付けながら続けた。
「この麻婆豆腐、芯にはちゃんと旨味がありました。恵さんが、彼のことを考えて出汁を引いたからでしょ? その想いまで洗い流す必要はありませんよ」
恵の目に、じわりと涙が浮かんだ。自分の「やりすぎ」ばかりを責めていたが、根底にあった愛情を詩は見つけてくれたのだ。
「……帰りに、彼の好きなプリン、買って帰ります」
詩は、空になったどんぶりを満足げに眺め、小さくピースサインを作った。
# 今回の口直しレシピ
『激辛麻婆豆腐 → クリーミー担々うどん』
洗う(※辛すぎる場合のみ): 麻婆豆腐をザルに入れ、軽くお湯をかけて表面の油分を飛ばす。
煮る: 鍋に豆乳、味噌、すりごまを入れて火にかける。沸騰直前で「1」を加え、弱火で温める。
仕上げ: 茹でたうどんに「2」をたっぷりかけ、お好みでねぎを散らす。
【店主・詩のワンポイント】
「豆乳のタンパク質が辛味を包んでくれるから、お子様でも食べられる味になりますよ。一度ぶつけちゃった感情も、包み方次第で最高の『コク』に変わるんです!」
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『居酒屋うたかた』 —後悔だらけの、口直し— あぐらおね @Aguraone
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