[第4話]きっと大丈夫

「お坊ちゃま! お母様がご心配でしたよ! いったいどこをお散歩なさっていたのですか!?」

 体の大きい、メイド服を着た女性が少年を追求しているのが見えた。

 それにしても、”ベッド”はその下ですら心地がいい。


「いやー、ごめんごめん。そんな埃っぽいところに」

 扉をそっと閉めた少年は、すぐに私のところに歩み寄り、手を差し伸べた。恐る恐る掴むと、一気に引っ張られ、私はようやくベッドの下から出てきた。

「大丈夫?」

 素早く立ち上がった私に、少年は本物の笑顔を向けてきた。思わず息をのんだが、すぐに力が抜けてしまった。

「わっ、やっぱ怪我治ってないかー」

 「怪我」と言われ、座り込んだ私は初めて異変に気が付く。両足首には、真っ白の包帯がぐるぐると巻かれていた。

「……あ、あの」

 ここにきて、私はようやく口を開く。

「……ここ、どこですか……?」

 あまりに小さな声だったので聞こえないと思ったが、少年は表情を変えずに答えた。

「僕の家だよ」

「え、家……?」

 こんなにも綺麗は部屋は初めて見た。あの温かくて甘い飲み物も、本当に美味しかった。そんな快適を毎日味わっているなど、想像もできなかった。

「『暇屋座かやざ家』。この国随一のお金持ちだよ」

 少しニヤッとする少年だったが、私は唖然とする以外に何も返せなかった。

「……まぁ、ここは快適だし、絶対安全だから、のんびりしてて──」

「なんでですか?」

 彼の言葉を遮り、私は震える声で言った。

「……え?」

「なんでですか? なんで、私なんかが、ここにいるんですか?」

 もう気を遣う余裕なんてない。彼を見上げ、その気持ちをぶつける。

「私は平民です。夕焼けの町の農家でした。今は、それですらない! 私は! ただの!──」

 最高点に達しようとしていたその時、少年が、そっと両肩に手を置いた。私の両肩に、その綺麗な手で触れた。

 そしてゆっくりと一呼吸して、そっと一言。

「大丈夫だよ」

 たった一言。

 それだけなのに、何も返せなくなった。

 我慢できなくなって、そのまま床に伏せた。

 少年は、寝ている私の脇腹に手を置いた。そして、いつまでもぽんぽんと優しく叩いてくれた。お母さんがしてくれてたみたいに。


      *


 少女が完全に眠りにつき、少年はゆっくりと立ち上がった。

「さて」

 本棚に目をやり、不気味に口角を上げる。

「まずは計画通り」

 誰にも聞こえない言葉を呟くと、やがてそちらに向けて歩き出す。

 近づいては迷わず手を伸ばし、その一冊を手に取った。

「漫画でも読も」

 刀を持った少年少女がでかでかと描かれていた。

 ソファに少し寄りかかり、途中のページから読み始めるのだった。

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少女農花 ~農女とスパイの脱国譚~ イズラ @izura

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