[第2話]救済は

「……それで? なにが言いたい?」

 地主は膨らんだ腹を威圧的に向けて言った。

「……お母さんが、いなくなっちゃった……から……だから……あ……」

 私は、無力だった。少なくとも、この男の前では蟻同然だった。その気になれば、いつでも踏み潰せる。

「だからなんだ」

 そして、実際に吐きつけられた。

「教えてくれ。お前は俺を何だと思っているんだ? おい、早く口を開け」

 依然たばこを指に持ったままだった。臭いが鼻を覆う。

「まぁ、娘がこれじゃぁ、追い出して正解だったな。頭悪い。まともに喋れもしない。役立たず。世間知らず。不潔。短足。いっそ、体でも売ったらどうだ?」

 やがて喉を通ると、咳が出た。口を手で覆っても、小さな咳が止まらない。

「さっさとくたばれ。邪魔なんだよ、お前みたいな人間は」

 ついに、扉を閉められた。


 お母さんがいなくなった。それだけでも耐えられない。心臓の鼓動は常に早く、決して息が落ち着くことはない。

 段丘に通った坂を下り、「夕焼けの町」を後にする。

 これからの家は、ゴミ捨て場の谷だ。歩くだけで、悪臭と寒気が襲い掛かってくる。

 空っぽになった荷車の上に座り、ただ帰りを待つ。やっぱり、私はただ「与えられる」のを待つしかないようだ。


 もう、きっと何十分も待っている。風はどんどん冷たくなっていて、服はひらひらと揺れる。

 「寒い」という言葉を吐きかける相手もいない。


「寒いよ……」

 少し大きな声で吐いても、誰もこちらに来ない。誰も、何も、与えられない。

 世界は絶望に包まれていた。もう、すべてが終わりだ。このまま、地主の言った通りになるだろう。私は世間知らずで役立たず。そんな人間に、元々生きる価値なんてなかったのかもしれない。そうだ、”私は必要とされていない”。生きる価値なんて、ないんだなあ。

 ゆっくりと立ち上がり、一つの方向に向かう。


 迷いはしない。限界になったら、こうすると決めていた。

「……おかあさん」

 綺麗な夕暮れだった。まるで、あれが希望そのもののようだった。あれが、私の世界を救ってくれる気がした。

「……でも、届かないんだな」

 頑張って手を伸ばそうが、一生懸命に働こうが、届かない物は届かない。与えられもしない。そう、絶対に。

 見下ろせば、真っ暗だった。きっと、あの谷底だ。

 どうせ、”ゴミ”捨て場なのだから、いいだろう。


      *


「なんだこれ」

 少年が、潰れた蟻を見下ろした。

 そして言った。

「これが、『蛇雀じゃじゃく君主国』の日常か」

 首を掻きながら、そっとしゃがみ込む。

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