第2話

 めしまろさん、という名前は、三日目につけた。


 最初は「猫」と呼んでいた。

「猫、どいて」

「猫、それ私のペン」

「猫、キーボードの上で寝ないで」


 でも「猫」と呼ぶたびに、その子は私を見た。「私は猫という一般名詞ではありません」とでも言いたげな目で。


 じゃあ何て呼べばいいの、と思いながら、私はその子を撫でた。


 ふわふわだった。


 いや、ふわふわという言葉では足りない。同時にさらさらでもあった。


 ふわさら。


 指を入れると、毛の一本一本が絹糸みたいに流れて、その下に温かい体がある。撫でると、ごろごろと喉が鳴る。その振動が、私の指先から腕を伝って、胸の奥まで届く。


「めしまろ」


 なぜその名前が出てきたのか、自分でもわからない。


「めしまろさん」


 その子は目を細めた。気に入った、という顔だった。たぶん。猫の表情を人間が読み取れているかどうかは、正直わからない。でも、気に入った、という顔に見えた。


「よろしく、めしまろさん」


 めしまろさんは、ふあ、とまたあくびをした。


 舌は、ちゃんと引っ込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る