第3話

 めしまろさんと暮らし始めて、私は「見る」ということについて考えるようになった。


 めしまろさんは、よく何もない場所を見つめる。


 壁の一点。天井の隅。窓の外の、何もない空。私には何も見えない。何も聞こえない。でもめしまろさんは、じっと見ている。耳をぴくぴく動かしながら。ひげをわずかに震わせながら。


「何がいるの」


 私は尋ねる。めしまろさんは答えない。


 ある夜、私は照明を消して、めしまろさんと一緒に暗闇の中にいた。


 私には何も見えなかった。自分の手さえ見えなかった。でもめしまろさんは、暗闇の中で動いていた。足音もなく。床から椅子へ、椅子から机へ、机から本棚へ。その軌跡は見えないけれど、気配でわかる。空気がかすかに動く。温かいものが近づいて、離れていく。


 めしまろさんは、暗闇を見ている。


 私には見えない暗闇を、めしまろさんは見ている。


 そのとき、私は少しだけ怖くなった。そして、少しだけ──うらやましくなった。

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