第2話:『幻の懐石と、朝の絶叫』
***
チュン、チュン、チュン……。
小鳥のさえずりと、カーテンの隙間から差し込む強烈な白い光。
そして、控えめながらも凛としたノックの音が響いた。
「……んぅ……?」
重たい瞼をこすりながら体を起こすと、昨日の夕暮れ時とは打って変わって、眩しいほどの快晴。青空をバックに、富士山が「おはよう」と言わんばかりにドーンとそびえ立っている。
そこへ、廊下から聞き覚えのない、しかし上品な女性の声がした。
「失礼いたします、女将でございます。お客様、おはようございます」
――女将?
――おはよう?
「……え?」
まだ寝ぼけている頭で、状況を整理しようとする。
私は昨日、夕方に到着して、「5分だけ」と思ってベッドに……。
で、今は……朝?
女将さんの声が優しく続く。
「昨夜はお疲れのようで、ぐっすりお休みでしたので……お夕食のお声がけも控えさせていただいたのですが。……あの、そろそろ**朝食**のお時間でして……」
**「……え?」**
私の口から乾いた音が漏れる。
脳内でキーワードがぐるぐると回る。
『夕食』……豪華な旬の懐石料理。
『温泉』……星空を眺める露天風呂。
『昨夜』……通過。
つまり、私はあの後、一度も起きることなく12時間以上爆睡し、一泊二日のメインイベントである「豪華夕食」と「夜の温泉」をすべてスルーしたということ――!?
「えっ……」
サイドテーブルを見る。
きれいに畳まれたままの浴衣。
一度も袖を通していない丹前。
**「え、えぇぇーーーーっ!!?」**
静かな老舗旅館の朝に、私の絶叫がこだました。
窓の外では、富士山だけが変わらぬ姿で「よう寝とったな」と笑っているようだった。
***
**(最終ステータス)**
* **睡眠:** 200%回復(お肌ツヤツヤ)
* **空腹:** 限界突破
* **逃したもの:** 豪華夕食、星空露天風呂
* **残された希望:** これから食べる朝ごはんと、チェックアウトぎりぎりの「朝風呂」
**教訓:**
「5分だけ」は、タイムスリップの呪文である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます