第5話 田中邦衛似の男
「密輸船か……。どこまでも泥沼だな」
日向が「カモメ」を後にしようとしたその時、背後のボックス席から、低く、どこか湿り気を帯びた粘り気のある声が響いた。
「……自分、そんなところへ行っても、犬死にするだけだと思いやすよ」
振り返ると、そこには深い皺の刻まれた、ひどく情けない、だが不思議と愛嬌のある顔をした男が座っていた。ニット帽を深く被り、猫背気味に背を丸めて珈琲を啜るその姿は、往年の名俳優、田中邦衛を彷彿とさせた。
「誰だ、あんた」
日向の問いに、男は困ったように眉を八の字に曲げ、鼻の頭を指でこすった。
「五郎……とでも呼んでくだせぇ。九条さんには、昔、新潟の現場でちょいとばかり世話になりやしてね……。あの方は、あんたを助けたかったんだ。……いや、本当ですよ」
五郎と名乗った男は、おどおどとした仕草でコートのポケットを弄り、小さなICチップを取り出した。
「これ、九条さんから預かってた『鍵』です。……自分、不器用なもんで、詳しいことは分かりやせんが、これがねぇと、新潟港の第3ドックにあるあの船には乗れねぇ。……あそこは、地獄の入り口だ。……行かない方がいい。……いや、本当だ」
日向は五郎の手にあったチップをひったくるように受け取った。男の目は、臆病者のそれではない。何修羅場もくぐり抜けてきた、特有の「諦念」が宿っていた。
「……あんた、何を知ってる」
「……あそこには、『掃除屋』だけじゃねぇ。二階堂さんみたいな『調律師』が何人もいやがる。あんた一人が行ったところで、火だるまになるだけだ……。それでも行くってんなら、これを持って行きなせぇ」
五郎は足元に置いてあった年季の入った工具箱から、無骨なリボルバーを取り出し、日向に差し出した。
「……自分、これくらいしかできねぇから」
日向は銃を受け取り、五郎の顔をじっと見つめた。その哀愁漂う表情の裏に、九条という男が最後に託した「情」のようなものを感じた。
「恩に着る、五郎さん」
日向は店を飛び出し、雪の降る新潟港へとジムニーを走らせた。
第3ドック。そこには、漆黒の海に浮かぶ巨大な貨物船が、まるで巨大な墓標のように鎮座していた。
船のタラップ付近では、二階堂ふみ似の女、二階堂が冷たい海風に黒髪をなびかせ、日向が来るのを待っていたかのように立っている。
「来たのね、日向さん。五郎さんから『鍵』は受け取った?」
二階堂の背後、船のハッチがゆっくりと開き、中から不気味な赤い光が漏れ出す。オークションの開始を告げる鐘の音が、吹雪の音に混じって響き渡った。
❄️ 新潟編・クライマックスへの布陣
五郎(田中邦衛似): 九条の旧友であり、日向に武器と情報を託した謎の男。不器用だが義理堅い。
第3ドックの密輸船: 「復讐オークション」の会場。ネットワークの幹部が集結している。
二階堂の真意: 彼女は敵か、それともこのシステムを壊そうとする共犯者か。
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