第4話 新潟

 二階堂が差し出したのは、一本の車のキーだった。

​「この工場の裏に、古いジムニーが止めてある。それに乗って北へ逃げなさい。追っ手は私が引き受けるわ」

「なぜ、俺を逃がす?」

 日向の問いに、二階堂は二階堂ふみを彷彿とさせる大きな瞳をいたずらっぽく細め、冷たい微笑を浮かべた。

「あなたはまだ、死ぬには『早すぎる』のよ。システムがあなたに下す審判は、ここではない場所で決まる」

​ 背後で激しいブレーキ音が響き、武装した男たちが工場へなだれ込んでくる気配がした。日向はチッと舌打ちし、二階堂の手からキーを奪い取ると、闇の中へと駆け出した。

​ 

 荒れ狂う冬の日本海へ

​ 数時間後。日向がハンドルを握り、雪混じりの風を切り裂いて辿り着いたのは、新潟県の沿岸部だった。

​ 栃木の山間部を抜け、三国峠を越えた先に待っていたのは、鉛色の空と、荒れ狂う日本海。宇都宮の湿った寒さとは違う、肌を刺すような乾いた極寒が日向を襲う。

​ 二階堂に渡されたキーには、小さなメモが巻き付けられていた。

『新潟市中央区、古町ふるまち。「カモメ」という名のジャズ喫茶へ。そこに、九条が隠した「リスト」の断片がある』

​ 日向は、雪が積もり始めた新潟の市街地へと車を走らせた。かつての北前船の寄港地として栄えたこの街の裏通りには、歴史のおりのような暗がりが至る所に潜んでいる。

 港町の再会

​ 指定された喫茶店「カモメ」は、古びたビルの地下にあった。重い扉を開けると、芳醇な珈琲の香りと、微かなレコードのノイズが日向を迎える。

カウンターの奥には、一人の老人が立っていた。

​「……九条の使いか?」

 老人は顔を上げずに尋ねた。日向は黙って、九条が死ぬ前に送りつけてきた「次は、君の番だ」という不吉なメモをカウンターに置いた。

​ 老人はそれを見て、深く溜息をつき、カウンターの下から一冊の古びた帳面を取り出した。

「九条は言っていたよ。もし自分に何かが起きたら、宇都宮の『はぐれ刑事』がここに来る。その男に、この街の地下で行われている『オークション』の正体を教えろとな」

​「オークションだと?」

「復讐を『商品』として売り買いする場だ。新潟港から出る密輸船……それが舞台だ。そして日向、お前を狙っているネットワークの本尊も、その船に乗っている」

​ 日向は、窓の外で激しさを増す吹雪を見つめた。

 栃木、そして新潟。逃れようとしても、闇の連鎖は常に先回りしている。

 二階堂の言った「断罪のシステム」の正体は、この荒れる海の向こうにある。

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