硝煙が視界を白く染める中、男の背後の暗がりに、もう一つの影が音もなく現れた。

​「無様ね。元刑事相手に、そんな玩具を振り回して」

​　鈴を転がすような、だが氷のように冷徹な声。

男が驚愕して振り向こうとした瞬間、鋭い金属音が響いた。男の右腕が不自然な方向に跳ね上がり、手にしたランチャーが床に転がる。

　​男の背後に立っていたのは、小柄な女だった。

切り揃えられた黒髪のボブカットに、大きな瞳。その端正な顔立ちは、どこか二階堂ふみを彷彿とさせたが、その瞳に宿る光はあまりに鋭く、人間味を欠いていた。彼女の手には、男の腕を正確に射抜いたであろう、消音器付きの拳銃が握られている。

​「……マユ？」

　日向は驚きに目を見開いた。宇都宮で情報を流したはずの女が、なぜここにいる。

​「勘違いしないで。あなたを助けに来たわけじゃないわ、日向さん」

　彼女は男の呻き声を無視し、軽やかな足取りで日向に近づいた。彼女が歩くたび、コンクリートの床にヒールの乾いた音が反響する。

​「この男は、ネットワークの『掃除屋』に過ぎない。九条を消し、証拠を隠滅するために雇われた……ただの消耗品よ」

　彼女は、まるで壊れた人形を見るような冷ややかな目で、床にのたうち回る傷跡の男を見下ろした。

​「あんた……何者だ」

　日向は隠し持っていたナイフを握り込み、警戒を解かずに問いかけた。

​「私は二階堂。このネットワークの『調律師』」

　彼女は、二階堂ふみ似の可憐な唇を歪めて微笑んだ。その笑みは、無垢でありながら、同時に深い絶望を知っている者のそれだった。

​「日向さん。あなたが追っているのは、ただの殺人事件じゃない。これは、正義を裏切られた者たちが作り上げた、巨大な『断罪のシステム』。九条はそのシステムの一部を私物化したから排除された。そして次は……過去に『守るべき人』を見捨てた、あなたの番なのよ」

​　二階堂はゆっくりと銃口を日向に向けた。

「矢板の闇は、宇都宮ほど甘くないわ。ここで消えるか、それとも……このシステムの『歯車』になるか。選ばせてあげる」

​　その時、工場の外から複数の車のエンジン音が近づいてくるのが聞こえた。ライトの光が、錆びついた窓から格子状の影を投げ入れる。

​「追っ手よ。決断は早くして」

　二階堂は銃を下ろさず、挑発するように首を傾げた。

​　⚡️ 主要登場人物

​　日向 隼人

　​元刑事。本作の主人公。

​　経歴: かつては優秀な刑事だったが、ある事件で後輩を死なせた責任を負わされ（あるいは組織の闇に触れ）、警察を去った。

​　現状: 宇都宮の安アパートで自堕落な生活を送っていたが、元上司の死をきっかけに再び過去の因縁に引きずり込まれる。

​　特徴: 警察組織を激しく憎んでおり、単独行動を好む。鋭い直感と、土壇場での身体能力は健在。

​

　二階堂

​　復讐代行ネットワークの「調律師」。

​　容姿: 二階堂ふみに似た、大きな瞳と黒髪のボブカットが特徴の美女。可憐な外見に反して、冷酷なプロの顔を持つ。

​　役割: ネットワークの秩序を維持する「調律師」。システムの邪魔になる存在や、ルールを破った者を排除（あるいは勧誘）する立場。

​　謎: 日向に情報を流した「マユ」と同一人物、あるいは極めて近い関係にあると思われる。

​

　九条

　​日向の元上司。物語の最初の犠牲者。

​　背景: 警察組織に残り続けていたが、裏では復讐代行ネットワークと繋がり、私腹を肥やしていた疑いがある。

​　死: 残忍な手法で殺害され、日向への「次は君の番だ」というメッセージの引き金となった。

​顔に傷跡のある男

​　

　ネットワークの「掃除屋」。

　​役割: 汚れ仕事を引き受ける実行犯。矢板の廃工場で、特殊な携帯型ランチャーを使い日向の命を狙った。

​　末路: 二階堂によって無力化され、組織の「消耗品」として扱われている。

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　🔍 キーワード・組織

​　復讐代行ネットワーク: 法で裁けない悪を裁くために作られたとされる闇の組織。しかし、その実態は「断罪のシステム」として肥大化し、独自のルールで人間を排除・選別している。

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　矢板の廃工場:

　九条が関わっていた裏の仕事の拠点で、殺傷能力の高い特殊兵器（ランチャー）の開発・保管が行われていた場所。

​

　日向の後輩:

　過去に日向を庇って死亡した警察官。今回の「復讐の連鎖」の根源に、彼の死が深く関わっている。

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