第2話 凍てつく街の兆候
宇都宮の安アパート。ガスストーブの頼りない炎が、日向隼人の孤独な影を壁に長く引き伸ばしていた。届いた新聞記事の切り抜きと、乱暴に書かれたメモ。元上司・九条の無残な死。そして、「次は、君の番だ」という不吉な一文。日向の左手は、微かに震えていた。かつての悪夢が、再び現実を侵食し始めたかのように。
「九条…お前まで、こんな形で…」
日向は、床に散らばったビール缶を足で蹴り散らしながら立ち上がった。警察に頼る気は毛頭ない。彼にとって、警察組織は、腐敗と裏切りに満ちた場所でしかなかった。日向は、埃を被った段ボール箱から、使い古した捜査手帳を取り出した。ページを捲ると、かつての同僚や事件関係者の連絡先がぎっしりと書き込まれている。その中に、かつて情報提供者として使っていた男の名前を見つけた。
日向は連絡を取り、宇都宮市内の場末の居酒屋で落ち合う手筈を整えた。薄暗い店内で、日向は男から九条の死に関する奇妙な噂を聞き出した。
「九条さんは、どうやら何か裏の仕事に手を出してたみたいですよ。随分と羽振りが良かったって話も…」
そして、別の情報として、九条のパワハラで人生を狂わされたもう一人の人物が、九条の死の直後に不審な死を遂げたという話も耳にした。それは、日向を庇った後輩の死に酷似していた。
「復讐代行ネットワーク…か」
男から聞き出したキーワードは、日向の直感を刺激した。九条を殺害した人物が、さらに別の何者かに殺された。そして、日向自身が次のターゲットに指名されている。この連鎖は、偶然ではない。日向は、自分が過去に逮捕した男の遺族が、このネットワークに関わっている可能性に思い至った。
日向は、宇都宮での調査を終え、次の手がかりを求め、北へと向かった。舞台は、栃木県北部に位置する矢板市。九条が、裏の仕事で頻繁に出入りしていたという、廃工場が立ち並ぶ地域だ。
日向が矢板駅に降り立つと、冷たい風が顔を撫でた。宇都宮の喧騒とは異なる、静かでどこか寂寥とした空気が漂っている。日向は、マユから得た情報を元に、九条が関係していたとされる廃工場へと向かった。錆びた鉄骨が剥き出しになった工場跡は、まるで巨大な獣の骨格のようだ。
内部に足を踏み入れると、埃と油の匂いが鼻を突く。暗闇の中、日向は廃材の山をかき分け、不審な物音に耳を澄ませた。その時、微かな金属音が響いた。日向は身を潜め、音のする方へと慎重に進む。
見つけたのは、廃工場の奥にひっそりと隠された秘密の作業場だった。そこには、数人の男たちが集まり、奇妙なものを組み立てていた。彼らの手元には、まるで玩具のような、しかし明らかに殺傷能力を秘めた装置が置かれている。それは、携帯型のランチャーだった。
日向は息を呑んだ。この男たちは、一体何を企んでいるのか。そして、この「ランチャー」が、復讐代行ネットワークとどう繋がっているのか。
「見つけたぞ、日向隼人…」
背後から、低い声が響いた。振り返ると、そこに立っていたのは、顔に深い傷跡を持つ男だった。男は日向を睨みつけ、手にしたランチャーをゆっくりと構えた。
「お前は、この連鎖の次だ…」
男の言葉に、日向の脳裏に電流が走った。この男こそ、自分をこの復讐の連鎖に引きずり込んだ張本人なのか。そして、このランチャーは、九条を殺した凶器、あるいは次の復讐のための道具なのか。
日向は咄嗟に身を翻し、男が放ったランチャーの弾を紙一重でかわした。爆音と共に、壁が大きく抉れる。日向の復讐の連鎖は、新たな局面に突入した。矢板の廃工場で、日向は自らの過去と、そしてこの街の深淵に潜む闇と対峙することになる。
ランチャーの爆音と硝煙が充満する中、日向は廃材の陰に隠れながら、男を睨みつけた。男の目には、日向に対する底知れない憎悪が宿っていた。
「誰だ、お前は…!」
日向は叫んだ。男はニヤリと歪んだ笑みを浮かべ、再びランチャーを構える。
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