第3話 ヒーローだ!
本当は、わかっていた。
ずっと前から、わかっていたことだった。
小学校の高学年に上がってから、周りはどんどん権能を現していった。
ソラネのように炎を操る者、ミナトのように雷気を操る者、身体を自由に伸縮できる者。
それを、使いこなしていった。
だが、レイはどうだ。
指先に力を込めれば、古い公園の水飲み場くらいの勢いの水が出る。
中には権能すら持ち合わせていない、俗にいう「無能」という人間が存在する。
それに比べれば幾分かはマシだが、水鉄砲程度の勢いの水で何ができるというのだ。
ずっと、目を背けてきた。
両親がすごいヒーローだったから、その息子である自分もいつかきっと、なんて夢を見ていた。
そして、いつの間にか中学三年生の冬。
結局、周りの友人たちのような特殊な権能は出なかった。
高学年になってようやく芽生えたこの権能では、ヒーローになんてなれやしない。
『――テメェみたいな無能が、ヒーローになんかなれるわけねェだろ』
その言葉は、ナイフよりも鋭かった。
レイの心臓を、いとも簡単に貫いた。
レイはその権能の地味さから、たびたび周囲から馬鹿にされることはあった。
――だが、本気で夢を否定されたのは今日が初めてだった。
ミナトの言っていることは、間違ってはいない。
むしろ、至極正しいことを言っている。
それは、誰の目に見ても明らかであった。
ヒーローには、ならない。
なれや、しない。
それなのに――、
「……何で、来ちゃったんだよ」
立ち昇る黒煙を目の前に、レイはズボンのポケットを握りしめた。
本能のようなものだろうか。
それとも、
「――ガアァァァァァァァ!」
「――っ!」
聞いたことのある、叫び声。
否、聞きなじみのある声だ。
レイは人だかりの中に飛び込む。
かき分けて、かき分けて、少しでも前へ出る。
そして、人と人の間から少しだけ、見えた。
炎の中、必死にもがこうとする金髪の少年。
凶暴なその顔は、その場に居る誰よりも見慣れたものであった。
「――――みっちゃん!」
「――ッ!」
レイは、その名前を呼んだ。
ミナトは睨みつけるようなその目で、レイを一瞥した。
「フォールン……!」
「お? 友達か?」
「違ェ! そんなんじゃねェ!」
そう言われ、わずかに心がズキンと痛む。
しかしそれよりも上を行く、心配する気持ち。
どう思われていようと、レイにとってミナトは友達なのだから。
「みっちゃん……!」
「どっか行け、クソカス!
テメェの助けなんてなくても、俺ァ……んぐっ!?」
「喋りすぎだぜ。自分の立場分かってんのか?」
「……」
――何もできない。
目の前にいるのに。
手の届く距離にいるのに。
もっと恵まれた権能があったなら、話は早かった。
――誰か、一人くらいいるだろう!
この状況でもあのフォールンを撃退できる力を持ってる人間が!
これだけ人がいれば!
「――」
しかし、誰も動かない。
動けないのだ。
レイは、両親のある言葉を思い出した。
――権能を戦闘に使うなら、ヒーロー免許が必要だ。
免許を持たない限り、武力行使は罪に問われる。
だから、誰も飛び出せないでいるのだ。
――悔しい。
何もできない自分が、悔しい。
――ヒーローを呼びに行くか。
いや、むやみな行動は逆に首を絞めてしまうかもしれない。
敵は人質をとっている。
そして相手は権能持ちのフォールン、それも炎を操る。
警察官が駆け付けたとしても、どうしようもできないだろう。
――ごめん、みっちゃん。
きっと、必ず、ヒーローが助けに来るから。
それまで、何とか耐えてくれ。
ヒーローさえ来てくれれば、全部解決するんだ。
「――ちょっと、君!」
「ッ……!?」
「馬鹿ヤロウ! 止まれ!!」
人々の制止する声。
その声たちが、轟々と燃え盛る商店街に響き渡る。
一人の少年が、人だかりから飛び出した。
武器も何も持たず、持っているのはリュックサックのみ。
その中から筆箱を取り出して、フォールンに投げつけた。
意表を突かれたフォールンの目に、蓋の開いた筆箱から飛び出したシャープペンシルの先が刺さった。
「ぐあぁぁぁぁ! 痛ってぇ!」
そう悲鳴をあげながらも、ミナトは離さない。
執念に近いものが、フォールンを後押ししてしまった。
「よくも……やってくれたなァ、ガキがァ!」
「レイッ――!!」
ミナトは無意識に、レイの名前を叫んだ。
よろけるレイに、フォールンの放った炎が地を這って襲い掛かる。
当たれば、即死は免れないほどの勢い。
それを見て、ミナトは思わずレイの身を案じたのだ。
煙が晴れ、安否がその目に――、
「――は?」
ミナトの頭上から、驚嘆の声。
その視線の先には、
「……正面から攻撃を仕掛けてくると思った。
だから、横に転がって避けた!」
「――ッ!?」
(どれだけ、ヒーローを見てきたと思ってるんだ!)
そこには、レイが立っていた。
無傷では済んでいない。
制服の一部は焼け焦げ、露わになった肉体からは血が滴り落ちている。
(痛い……! 何で飛び出したんだ、僕は……!?)
膝をつき、歯を食いしばっているレイ。
その姿を見て、フォールンは不敵な笑みを浮かべ、
「わざわざ手の内を明かしてくれて、ありがとよォ!」
「馬鹿! 逃げッ――」
フォールンは、再び手から炎を解き放った。
今度は一筋ではなく、三方向からの炎の太刀。
横には、避けようがない。
(となるとっ……!)
レイは、上に飛んだ。
まるで大縄跳びをしているかのように、真上に跳躍してみせた。
靴が焼け焦げ、灼熱のアスファルトに靴下のみの足で立つ。
だが今は、熱さも痛みも、忘れてしまっていた。
「なりふり構わず飛び出して、困ってる人を助けるのが――――!」
――――やめろ。
そんな目で、俺を見るな。
あの時と同じ目で、俺を見るな!
ミナトは顔をしかめながら、向かってくるレイを見つめる。
ひどく歪んだ顔と、決死の覚悟を決めた顔。
正反対の表情が、炎に照らされる。
レイは力いっぱいに腕を振りかぶって――、
「――――ヒーローだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
腹の底から、叫んだ。
そして、振りかぶった腕を頭上に掲げた。
チョロチョロと、水が指先から射出される感覚。
さながら公園の水飲み場のように、弱い勢いの水が噴射されている。
「は、ガッハハハハハハ!
なんだそのヘボい権能は――」
フォールンが高らかに笑った、次の瞬間。
「んなアァァァァァァァァァ――!?」
フォールンの背後で、大爆発が起こった。
爆風で吹き飛ばされそうになりながら、レイはフォールンとミナトのいた場所を見る。
フォールンも、ミナトもいない。
――そろって、宙を舞っていた。
「まずい――――」
「――ふッ!」
遠のいていく意識の中、威勢のいい声がレイの鼓膜を震わせた。
ヒーロー・オブ・ケプラー 蜂蜜 @gyuuniku
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