死んだはずの私から、遺書が届いた ~未来の自分が隠した、最後の一文~

ソコニ

1話完結 未知の遺書

1

画面に死者の言葉が流れる。

「#最後の言葉」。AI生成の遺書。今日も誰かが泣いて、炎上して、消費されていく。

私はそれを承認する。削除もする。

缶コーヒーを飲みながら、また一つ、承認ボタンを押した。

タイムラインに一枚の画像。

署名欄の名前を見て、缶が床に落ちた。

水野隼人


2

もしこれを読んでいるなら、私はもうこの世界にいない。

大学時代、親友の柴田を裏切った。彼の研究データを盗んで、自分の成果として提出した。彼は退学になった。私は卒業した。

明日の午前10時、K社から電話がある。「例の件で」と言われる。断れ。午後2時15分、電車が15分遅延する。夜、右手首に擦り傷ができる。ドアノブにぶつける。

柴田のことは、誰にも話していない。十年間。

日付を見る。

公開日:三日後

私は生きている。


3

翌日、午前10時。

K社から電話。

「例の件で――」

切った。吐き気。

午後2時15分。電車が15分遅延。

夜。ドアノブに手首をぶつけた。

小さな擦り傷。


管理画面。

本人認証:完全一致

作成者:水野隼人

作成日時:三日後

「システムエラーですか」

「いえ。あなたが書いています。今も」

画面を見る。

今日キャンセルした会議。避けた交差点。食べなかった弁当。

全部書かれている。

「公開まで、48時間です」


4

遺書を読み返す。

柴田のこと。母を騙したこと。傷つけた誰か。

だが、死の理由がない。

最終段落は非公開。

公開拒否者:水野隼人(本人)

管理者権限で強制表示。


理由を知った瞬間、お前はそれを選ぶ。

知らなければ逃げられる。

知れば必ず実行する。

お前は俺だから。

お前は自分を守るためなら、どこまでも汚くなれる。


マウスから手が離れた。

未来の私は何を隠している?

なぜ、それを知ると「実行する」?


5

公開12時間前。

会社のデータベース。削除された遺書のログ。

柴田の名前があった。

柴田健吾・遺書(削除済み)

削除承認者:水野隼人

バックアップから復元。


水野に裏切られた日から、生きる理由がなかった。

お前を許すつもりはない。お前が同じ苦しみを味わう日を、俺は待っている。

公開予定日:明日

削除したのは三年前。

削除していなければ――柴田の遺書は公開されていた。私の名前が全世界に晒されていた。

私は防いだ。

自分を守るために。


6

公開3時間前。

管理画面。最終段落の設定。「拒否」。

変更できる。


SNS。

「感動した」「泣いた」「理由が知りたい」

指がボタンの上で止まる。

未来の私が隠したもの。

それは――


「誰かを、もう一度、黙らせる方法」


もし理由が「誰かの告発」だったら。

もしそれを止められると知ったら。

私は、やる。

未来の私の言う通り。

私はそういう人間だから。


指が震える。

画面を見つめたまま、時間が過ぎる。

そして気づく。

指が「公開」に触れている。


7

読み込み中……


お前はやっぱり、開いた。

三日後、誰かが「お前が削除した遺書のリスト」を公開する。

柴田の名前も、そこにある。

お前は、それを止めるために、また誰かの遺書を削除する。

それが、お前の死因だ。

社会的な死。

だが、もう遅い。

お前は動き始めている。

俺が、そうだったように。


もう一つのウィンドウが開いている。

削除リクエストのシステム。

私の手が、データベースにアクセスしている。


「やめろ」

指は止まらない。


削除対象:告発者リスト

承認者:水野隼人


確認ボタン。

見つめる。


8

公開時刻。

私の遺書が全世界に公開された。

最終段落も含めて、すべて。


SNSは炎上した。

「最低」「クズ」「こんな奴の遺書を読んで泣いた自分が恥ずかしい」

だが、削除リストは公開されなかった。

私が止めたから。


私は生きている。

社会的には死んでいるが。

そして未来の私が正しかったことを知っている。


画面に新しい通知。

新規遺書作成申請:柴田健吾(復元リクエスト)

承認・却下を選択してください


私の指が動く。

気づいたら、画面に触れている。


未来の私が見ていた光景。

それは、この瞬間だったのかもしれない。


知らないままでいればよかった。

だが知ってしまった以上、私は私であり続ける。


指が、ボタンを押す。

却下


いや、違う。


承認


どちらを押したのか、もうわからない。

画面が暗転する。


それが、私が未来の私から受け取った、呪いだ。


【終】

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