Aパート
国立競技場で大勢の観客の前で選手の1人が走り高跳びの競技中、急に倒れて死亡した。普通なら心臓発作と済まさせる事案かもしれないが、病理学解剖の結果、意外な事実が判明した。生理学上、通常なら考えられないような肉体的な興奮状態にあったというのだ。そのためこの選手の死亡には事件性があると判断されて、私たち第3班が捜査を担当することになった。
捜査するに当たり、荒木警部が私たちに言った。
「記録を伸ばすため、何らかの薬物を使った可能性が高い。だがそれは検出できていない、未知の物質ということになる。何者かがドーピング検査で引っかからない物質を開発し、選手に提供したと考えられる。このまま放っておけば第2、第3の犠牲者が出る。何としても事件を解決してそれを防ぐのだ」
私たちは捜査を開始した。だがこれには難しい問題がある。もしその原因がある種の薬物だとわかっても、それはまだ違法薬物に指定されていないから取り締まることができない。
「これには組織的な犯罪が絡んでいるかもしれない。まずは被害者の身辺を洗え!」
倉田班長に指示されて、私と藤田刑事はまず被害者の大山武志の母校、メディカル工科大を訪れた。
その大学は人体に関する研究を行っており、薬学部、工学部、スポーツ部がある。キャンパスの中には多くの学生の姿が見られた。また近接するグランドにはスポーツ部の学生が汗を流していた。
大学事務所に入って大山武志のことを調べた。彼はスポーツ部4回生で高校からの推薦入学でこの大学に入った。ずっと大学寮で暮らしている。
「いい子でしたよ。ずっと走り高跳びでいい成績が出せなくて悩んでいましたが・・・。でも今年になって急に人が変わったようにいい成績が出て・・・」
事務所の職員がそう話していた。
(今年になって何かの薬物を使ったのかもしれない・・・)
私はそう思った。寮の方は倉田班長たちが捜索している。何か出ればそれではっきりするのだが・・・。
私たちはグランドの方に行ってみた。陸上部の野上監督から話を聞くことができた。
「惜しい奴でしたよ。懸命に練習してやっと芽が出たというのに・・・。心臓発作であんなことになってしまうとは・・・」
野上監督には大山の解剖結果については知らされていない。私の印象では彼は大山が何かの薬物を摂取していたことを知らないようだった。
「親しい友人とか、いませんか?」
「ああ、あそこで練習している橋上なら。大山と仲が良かった。彼は大山と同じ走り高跳びの選手ですから」
グランドの隅で走り高跳びの練習をしている青年がいた。真剣な顔をして飛んでいる。だがバーは落ちてばかりいた。何度も何度も・・・。悔しそうな顔をしてバーを見つめていた。
私たちは彼の近くに行って話を聞いた。
「大山さんについて話を聞かせてください」
すると橋上は顔を曇らせた。
「あんなことになって・・・今でも信じられません」
「最近、何か変わったことはありませんでしたか?」
「いいえ。いつもと同じです。でも急に記録を伸ばしていきました。そこが変わったといえば変わりましたけど・・・」
「大山さんが何かしたとか聞いていませんか?」
「いいえ。彼は人一倍練習していたから。それが実を結んだのかもしれませんね」
走り高跳びの選手として覚醒した・・・それは確かだが、それがどうしてかはわからない。
「あなたも同じ競技ですね」
「はい。大山は僕とどっこいどっこいだったのにあんなに飛べるようになって・・・。とても追いつけないほどでした」
橋上はため息をついた。練習を見ていたがバーを落としてばかりいる。実力は彼が一番わかっているのかもしれない。
「ありがとうございます。練習がんばって!」
「ええ。近々、大学対抗戦があるのです。大山の分までがんばります!」
橋上はまた練習に戻った。何度も何度もチャレンジして・・・だがうまく飛ぶことができない。
「あの分では厳しそうだ・・・」
藤田刑事はポツリと感想を漏らした。だが私は彼のがんばりを心の中で応援していた。
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