未知の道しるべ

直三二郭

未知の道しるべ見つけられてしまった彼は、もう……。

 高校三年生になった風谷かぜたに秀峰しゅうほうは、やりたい仕事がまだ見つける事が出来ず、既に将来を見据えた友人達もいる為に焦っていた。

 もちろん自分と同じく、将来について何も考えてない友人もいる。二年生の時に進学か就職について両親と話したら、見つかっていないなら進学しろ、金は出すから。そう言われた。



「モラトリアムは必要だ、考えれば考えるほど柔軟で豊かに思考をする事ができる」



 考えずに大学に行き、そのまま院に行って、気が付いたら准教授になっていた。数年後には教授になれるらしい父親にそう言われたが、そんな道は進みたくない。



 だからといって当たり前だが、プロのスポーツ選手はもう無理だ。妹は小学校の時からサッカーをやっていて、母親は色々と妹に付きっ切りである。

 将来はこれを仕事にしたいともい言っていた、だから推薦で強豪高校に入れたのだろうし、その後も進める道があるのだろう。プロはもういるのだから。



 母親は父親とは幼馴染で、結婚する前から頼りない父親の世話をしていたそうだ。妹を産んでから専業主婦になったらしいが、その前は何かの営業をしていたそうだ。

 給料と会社の知名度などから複数の会社の就職試験を受け、引っかかった所にした。

 案外そういう物だと言われたが、今からそんな考えはしてはいけない気がする。それに秀峰には、幼馴染はいない。だからあまり参考にはできない、。



 秀峰は考えている内に、誰も知らない仕事がしたい、未知の仕事がしたい。そう思っている自分に気が付いた。

 そして誰かから秀峰は、クラスで噂になっている話を聞いてしまう。



 誰が作ったかも、どこにあるのかも分からないその道しるべは、未知が何かを教えてくれる、と。



「でその、誰も知らない知られちゃいけないの道しるべを探しているんだ。ほ~ん」

「ああ。だから知らないかその、『未知の道しるべ』を」

「何それ。道の道しるべって、二回も繰り返して言わなくていいだろうに。国語が、特に小論文が下がってるんじゃないの?」

「道じゃなくて、未知。未だ知らずの未知、だよ」

「ああ。『未知の道しるべ』ね。……いや、改めて考えたら意味が全く分からんな。未知を教えてくれるって、入試の答えでも教えてくれるのか?」

「分からないから探してるんだろ。で、知らな……いんだな。その言い方じゃ」



 予備校が終わり自習をしていたが、遅くなってしまい帰ろうとすると、中学校の時の友人がいた。高校は別だが、だからこそ知っているのかもしれない。『未知の道しるべ』がどこにあるのかを。



「って言うか、ただの怪談だろ。まだ五月だけど、受験はもう始まっているって話だぜ。不安になってそういうのに縋る前に、勉強しろって話だよ」

「縋ってるわけじゃあ……」

「それなら気が付かないうちに、縋ってるんだよ。こう……、漠然とした不安のせいで?」

「……何だよ、漠然って……」

「もっと気楽に考えなって。受験にしろ何にしろ、毎年何万人以上が同じ事をやってるんだから。それよりいいかげん帰ろうぜ、もうかなり遅いし」

「……そうだな」



 予備校は駅のすぐそこで、二人は家がそこまで遠くない事もあって、同じ電車で帰る。自然と一緒に帰り、電車に乗っている内に今の志望校は被っていない事がわかった。なので対抗心を持つ事もなく、昔を思い出し懐かしさも感じながら駅を出て、並んで歩いて行く。



「進学なんだろ。なら言われ通り大学に入って、まだ探したかったら探したらいいんじゃないの? ……大体さ、来年になったら進学できる保証はどこにもないんだから」

「そうなんだけどな。……就職しないから、進学。そう言うのは嫌な気がするんだよな。何て言うか、やりたくないんだ」

「じゃあ、高卒ニートになるのか? その道しるべを探しながら」

「からかうなよ」



 誰も知らない、未知の仕事を将来はしたい。そこまではまだ誰にも言っていない。気恥ずかしいと言うのもあるが、何よりそれが何なのか、まだ何もわかっていないから言葉に出来ないのだ。



「いいじゃないか、どうせ就職はしなくちゃいけないんだから。じゃあ就職する知識を得るために進学する、てのはどうだ?」

「知識を得るために、か。確かに色々調べたら、やりたい事が見つかるかもな。そうし――」



 帰りながらも探しているようで、道路を見ながらそう言っていると、秀峰の言葉と足が同時に止まる。



「どうした、急に止まって」



 友人も止まり、振り返って秀峰を見る。彼は道路の真ん中を指さして、じっとそこを見ていた。



「あ、あれ……。『未知の道しるべ』……だ……」



 



「な、何で道路のど真ん中に、あんなのがあるんだよ。車の邪魔だし、事故が起こったらどうするんだ」

「その前に、今日の朝にはあんな物は無かった、そうだろ。見つけたんだよ、『未知の道しるべ』を」



 そう言いながら秀峰はふらついた様に歩きながら、ガードレールを越えようとする。今は車は走っていないが、道路に行かせるわけにもいかない。周りには誰もおらず、慌てて友人が体ごと止めるのは、当然の事だろう。



「馬鹿かお前は、何で行ってるんだよ!」

「きっと見つけたんじゃない、あっちから来たんだ! 俺のために!」

「じゃあ余計に行くんじゃない! 怪談とかなら行ったら最後に死ぬヤツだろこれ!」

「違う! 俺が探したから、俺のために来たに決まってる!」

「じゃあ俺がいない所で行ってくれ! ここでお前が死んだりしたら、俺が犯人になるだろうが!」



 体力は、友人の方が強い様だ。ゆっくりとだが二人は、道しるべから離れる。



「離せ、行かせろ! お前は一人で帰ればい――」

「それが通るなら冤罪はな――」



 急に道路には車が走り、歩道には人が歩いているようになった。それを見て二人は、何も言わなくなる。

 秀峰が止まったので、友人は離れた。そして何も言わず揃って歩き出し、帰り道が分かれるまでずっと無言のままだった。



「……悪かったな」

「……止めとけよ、あんなのがあっても、近づくのは」



 それには何も言わず、秀峰は背中を向けた。友人もそれ以上は言葉を重ねず、家路につく。





 秀峰が『未知の道しるべ』を再び見つけた、つまり『未知の道しるべ』が秀峰を見つけたのは、ここからわずか百数十メートル歩いた後だった。



「あ…………!」



 家が近くなり、道路がさっきよりは狭まっている。歩道も狭く、ガードレールは無くなっていた。



 だから秀峰は再び『未知の道しるべ』にふらつきながら近づくが、邪魔をする者は誰もいなかった。



「これで俺は未知の事を、誰も知らない事を知る事が出来るんだ!」



 そう呟きながら歩き、『未知の道しるべ』にたどり着く。三本の看板があり、文字が書いてあるがよく見えない。

 だから近づいて一つを掴み、読もうとする。そこにはこう書いてあった。



「未知を知った者は」「未知を維持する為に」「未知になる」



 それを観た瞬間、秀峰は全てを理解できた。自分が未知の何かになった事も。

 つまり自分が『未知の道しるべ』になってしまった事も。



 秀峰はこの時から行方不明になり、二度と誰からも見られる事も無かった。



 風谷秀峰としては。






「そうか……そう言う事だったのか……未知とはつまり……そうだったんだ……!」



 まだそう言ったつもりだったが、道しるべからは言葉が出るはずもなかった。

 秀峰の体はもう混ざっている。痛覚も感じない。体が無くなっているわけではない。動かしている感覚はあった。しかし動いてはいない、見えなくなっていたが、それはどうでもよかった。


 焦る事も、恐怖も感じない。あるのは高揚感と幸福感だけだ。



(……俺は誰も知らない、未知そのものになれたんだ……)



 意識もすべてが『未知の道しるべ』と混ざようとしているが、しかしそれもいいと思ってしまった。こうなったら考える時間はいくでもある。そう考えたのは、秀峰だろうか?


『モラトリアムは必要だ、考えれば考えるほど柔軟で豊かに思考をする事ができる』


 父親からそう言われた事は、本当だった。その考えを最後に全てが混じり合い『未知の道しるべ』が少しだけ大きくなる。


 これが大きくなると、どうなるか。それは未知であり、『未知の道しるべ』と同化した秀峰は知っていた。



 こうして秀峰の望みは、叶ったのであった。

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