第5話 滅びた遺跡と消えた文明の秘密
朝靄が晴れ、森の中に微かな金属音が響いた。
風ではない。森の奥から、何かが擦れて鳴っている。
鳥たちが一斉に騒ぎを止める気配に、俺はすぐ異変を察した。
「アルディネア。……聞こえたか?」
『ああ。妙な波動だ。魔獣でも精霊でもない。人の造った何かの気配がある。』
「人間の? この森に?」
『長らく人の足は踏み入れておらぬはずだが……古い魔力が混じっておる。おそらく“遺跡”だ。』
遺跡。
その言葉に自然と胸が高鳴った。
辺境の森に、未知の遺物が眠っている――王都の学者なら喉から手が出る話だ。
けれど、俺にとっては好都合でもあった。
もし過去の文明の残滓があるなら、それが再生のための鍵になる。
「行ってみよう。」
アルディネアが軽く翼を動かすと、空気が震え、森の奥の霧が払われた。
巨大な木々の向こうに、黒い石造りの構造物が姿を現す。
地面は苔に覆われ、崩れた壁の間から淡い光がにじみ出ていた。
どれだけの時が流れたのか見当もつかない。
しかし不思議なことに、その石はまだ生きているように魔力を帯びている。
俺は足元の枝を踏み越え、慎重に近づいた。
石壁の表面には、古代文字のような刻印が連なっている。
それを指でなぞると、文字が一瞬だけ光った。
反射的に手を引く。
『それに触れるな。封印の類いかもしれぬ。』
アルディネアの警告に頷き、慎重に息を整える。
けれど、俺の中の魔力が小刻みに共鳴を始めた。
契約の印がかすかに熱を帯びる。
まるで“門を開けろ”と呼んでいるようだった。
「……やっぱり、“俺を選んだ”意味があるんだな。」
そう呟き、両手を壁の中心へとかざした。
「《解放》。」
波紋が広がり、石壁が淡い青の光に染まる。
やがて重い音とともに地面が揺れ、朽ち果てた扉が崩れ落ちた。
吹きつけてきた風は冷たく、鉄と錆の臭いを孕んでいた。
視界の奥、闇の中で光がうごめく。
薄明かりの中に広がっていたのは――古代の地下回廊だった。
天井には透明な結晶が連なり、そこから淡い光が垂れている。
それは太陽のない場所でも明るさを保てる、未知の装置のようだった。
『これは……古代アルフテリア文明の遺物か。』
アルディネアの声が低く響く。
「アルフテリア? 王都の歴史書で名前だけは見たな。数千年前に滅んだ文明だろ。」
『そうだ。魔力と科学を融合させ、“世界の意志”を操ろうとした愚かなる民。
その力が制御を失い、自らの都を飲み込んだ。世界を分断した元凶の一つだ。』
「ってことは……ここはその生き残りかもしれないのか。」
壁際を照らしながら歩くと、幾つもの装置らしきものが並んでいた。
円形の柱、金属のパネル、そして中央には黒い結晶が鎮座している。
近づくだけで、全身の毛が逆立つような感覚。
魔力とはまるで違う波動――静電気と意思が混ざったような反応だ。
俺は思わずアルディネアに尋ねた。
「これ、何の装置なんだ?」
『恐らく、“世界律制御装置”。アルフテリアが大陸の天候や地脈を操作するために用いたもの。
だが、もし稼働すれば……この森どころか周囲数百里が消える。』
「つまり危険物、と。」
『うむ。だが、同時に宝でもある。制御に成功すれば、汝の領地の大地を永遠に肥沃にできる。』
喉が鳴った。
なるほど、それは確かに――辺境にとって最高の力だ。
けれど、一歩間違えば破滅だ。
俺は黒い結晶を見つめながら、小さく息を吐く。
「制御するには、やっぱり古代文字を読む必要があるな。」
『読めぬだろう、人の子よ。』
「いや、読める気がする。……いや、むしろ、読めるようになってる。」
壁の刻文を目で追ううちに、意味が自然と染み込んできた。
脳裏に映像のような情報が流れ込んでくる。
湖の底に沈んだ都市。空を裂く光。命を削りながら力を求めた人々。
――すべての命を支配しようとした文明の末路が、そこには刻まれていた。
「アルディネア、こいつら……“竜を模倣”してた。」
『何?』
「違うかもしれないが、記録には“神竜計画”って言葉があった。
人間が竜の力を人工的に再現して、永遠の支配者になろうとしたみたいだ。」
沈黙が落ちる。
やがてアルディネアの声が低く響いた。
『愚か者どもめ。己が創造主に成り代わろうとしたか。
ゆえに滅んだのだ。神竜の力は“世界を護るもの”。
人が支配のために使えば、この星そのものが拒絶する。』
「だが……その技術の欠片が残ってるなら、平和のために使えるかもしれない。
水を清め、森を癒すだけなら、悪用にはならないはずだ。」
『汝の願いが真であるうちは、大地もそれを許すだろう。
だが決して増長するな、アレン。竜契の主であろうとも、世界の理には逆らえぬ。』
「分かってるよ。」
結晶の前に立ち、手をかざす。
心の奥にある竜の印が熱を帯び、波動が静かに共鳴する。
どこか懐かしい音が響いた。
同時に、機構全体が光を放ち始める。
「……あれ? 動かしてないぞ?」
『いや、契約の力が反応しておる! やめろ、下がれ!』
アルディネアの声に反応するより早く、床全体が青く輝いた。
風が逆巻き、重力がふっと消える。
身体が宙に浮き、視界が白く飛ぶ。
空間が裂け、無数の文字が空を流れる。
一瞬、誰かの声が聞こえた。
それは男とも女ともつかぬ、機械のような響き。
――竜契の系譜、再起動。管理者コードを確認。
そして目の前の黒い結晶の中心に、金の光が閃いた。
次の瞬間、空間の歪みは収まり、沈黙が戻る。
「な、なんだ今の……?」
荒く息を整えながら周囲を見渡す。
崩れた天井の隙間から光が差し込み、床の文様がまるで新しく刻まれたように輝いていた。
中心部の結晶は、完全に透明な輝きを放っている。
『人の子よ……汝は、封印を解いた。いや、再構築してしまったのだ。』
「再構築?」
『古代の竜信号が蘇った。つまり、おまえの契約が神竜の血脈を再び呼び覚ましたのだ。
森そのものが汝に同調した。』
呆然と立ち尽くす。
確かに、外の空気が変わっていた。
先ほどまで鬱蒼としていた森の気配が、花の香りを増し、霧が薄らいでいる。
「……この森、生き返ったのか。」
『ああ。だが同時に、多くの存在が汝の存在を感じ取るだろう。
たぶんすぐに、王国にも伝わる。』
「つまり、『辺境に神竜の力を持つ亡命者が現れた』ってな。」
口元に小さく笑みを浮かべながら、俺は結晶に背を向けた。
「ふん、いいさ。どうせ追放された身だ。
ならば、今さら恐れるものは何もない。――俺は俺の“国”を作る。」
アルディネアの黄金の瞳が、静かに輝きを増す。
『ならば我も伴おう。人の子、アレン。
かつて滅んだ文明の記憶を越え、新たな秩序を築いてみせよ。』
陽光が差し込み、崩れた壁を照らした。
風が抜け、柔らかな香りを運ぶ。
遠くで鳥たちが再び鳴き始める。
静かな森の朝が、今、新しい歴史の始まりを告げていた。
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