第2話

『お前、またやったのか?』


 老人を物言わない骸に変えた後、實はかかってきた電話に出ていた。雑踏の中にいるので様々な雑音が混ざり合っている。しかし、實の超発達した五感のうちの聴覚が鮮明に電話口からの一音一音を聞き取る。


『これで何度目だ? 少しは辛抱しろよ』


 相手は仲介人。役割としては雇い主との橋渡し。もう何度聞いたかも分からない嘆息が電話口から漏れていた。


 實は即答した。


「無理だな。先に喧嘩をふっかけてきたのは向こうだ。やられたら殺す。それが俺のポリシー」

『何がポリシーだよ、怒りの沸点が小学生と変わらないじゃん』


 容赦ない指摘を受けるも、實の表情に反省の色はない。むしろこの状況を愉しむように、口元を緩めていた。


「家でまともな教育を受けてこなかったからな」

『そういう触れていいかどうか迷う返事はやめろ』

「冗談だ。別に構わねーぜ。それくらいで怒ったりしないさ」

『私が美人だからだろ』

「まーな」


 自意識が肥大化した返答に迷うことなく頷く實。それはつまり、彼女が美人でなければ話が変わっていたという証明だった。


 實は立ち寄ったコンビニで買ったスポーツ新聞に載る競馬の記事を眺めながら、煙草に火をつけて嗤う。


「美人になら何を言われても笑って流してやるよ。さっき殺したクソジジイや己の欲望に飲まれた術者共なら殺す」

『ラインがハッキリしていて逆に恐ろしいよ、お前』


 声から滲む、『ないわー』というドン引きの感情を察知し、實は肩を竦める。長身かつ骨太な男が体を丸める様子は獲物を探して山の中を彷徨く熊のようだった。


「美人にはいつもお世話になってるからな。頭が上がらないさ」

『ヒモを堂々と宣言するな』


 呆れが乗った溜息が實の鼓膜を揺らす。彼にとっては眠りを誘う音楽にも等しい心地よさがあった。


「つーわけで雇い主は消しちまった。金もねーし、仕事を紹介してくれ」

『ったく……後始末が大変なこっちの身にもなってくれ』

「悪かった。で、仕事は? お前が頼りなんだ」


 實が囁くように言うと、一瞬静まり返った後、電話口から咳払いが聞こえてきた。まるで何かを誤魔化すようなわざとらしさがあった。


『分かった。今後は気を付けてくれ』

「善処するぜ」

『それ、返事だけのやつだろ……まぁいいや』


 諦めたようにそこで区切ると、話はがらりと変わった。


『悪霊退治の仕事がある。報酬はアタッシュケース三つ』

「やる。すぐに手配してくれ」

『返事はや。相変わらず現金な奴』

「俺らしいだろ?」

『そうだな』


 投げ遣りな返事だった。


 大金が転がり込んでくると知った實は詳しい話も聞かず、その依頼を引き受けることになった。

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ダーティーダーク @ksyrow

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