ダーティーダーク

@ksyrow

第1話

 夜の繁華街から少し離れた路地裏。そこには一人の男が立っていた。


 筋骨隆々という言葉が、一つ欠けたパズルのピースを埋めるかのように正しく当てはまる肉体の持ち主。丸太のように手足は太いが、長身であるが為に太く見えない。無駄な筋肉が削ぎ落とされ、一方的な殺戮に特化している。


 一目見れば同業者の者達でなくとも、生命を維持するのに欠かせない生存本能で理解させられるだろう。


 生き物としての格が違うと。


「タダ働きなんてゴメンだね」


 御影みかげみのるは嘲笑いながらそう言った。その足元には人の死体が雑に転がっている。死体とはいっても辛うじて判別出来るだけで、原形を留めていない。損壊が激しく、手足は千切れ、内臓は絡まったホースのようになっており、血の海が出来ている。


 無造作に赤いペンキでもぶち撒けたかのような状態だが、血の鉄臭さがそれを否定する。誰がこの惨状を作り出したかは明白だろう。實の手には凶器と思しき剣が握られている。地面に向けた刃先からは血液が滴り落ちていく。


 しかし、不可解なことに彼の体には返り血一つついていなかった。


「それは困る。貴様には借りを返してもらわなければならない」


 實から少し離れた先に立つ老人。杖をついており、足元が覚束ない。ビシッとスーツを着こなしているが、一人で着るのもままならないくらいに全ての動作が鈍い。


 實にとっては雇い主。今回の殺人も依頼されたものだ。


「借り? そんなもんは知らねーな。契約書を作ってない借りなんざ俺は踏み倒すぜ」

「……二度も同じことを言わせるな」


 飄々とした態度で肩を竦める彼に対し、老人が鋭い眼差しを向ける。その直後、彼の少し手前の地面に風穴が空いた。


 それは老人の術によるもの。先祖代々受け継がれてきた血により、行使することを許された人の形を保ったまま人を凌駕する異形の力。


 實も老人と同じく特別な家に生まれたが、神に見放されていた。彼の同胞達は超然たる力を宿していたが、彼一人だけがその恩恵を受けられなかった。


 唯一与えられたのは五感の鋭さ。しかし、それも制御出来なければ宝の持ち腐れ。幼少期の彼はその呪いに苦しめられ、仲間であり家族であるはずの同胞達に尊厳を貶められた。


 今は家を出たことでそれもないが、何処へいっても扱いは変わらない。目の前の老人のように侮蔑と嘲笑を向けられる。


 我らこそ超人類であり、御影實お前は人類劣等種なのだと決めつけている。


 その思い上がりが命取りになるというのに。


「それ、俺を脅しているつもりか?」

「脅し? 馬鹿を言ってはいけない。私は貴様のような劣等種と同じ土俵に立つつもりなどないのだよ。これは交渉だ」


 老人の存在感が一気に膨れ上がる。空気は風船のように張り詰めており、ちょっとした衝撃で破裂するだろう。その瞬間の訪れこそが實の最期だと、老人は確信していた。


 老人、確信していた。


「莫迦が」


 實が凄絶な笑みを浮かべながら一歩前へと進む。特殊な足運びだとか、足音を消すような初動だったりしない、軽快な一歩。


 しかし、野生の獣じみた凶暴な貌を目にし、老人の全身に寒気が走り、総毛立つ。躊躇う時間などなかった。


 一瞬で殺害することを決定し、不可視の攻撃を放つ。空白の時など、ないも同然の刹那である。


 その刹那こそ致命的だった。


 實の眉間目掛けて放たれたその一撃は


「は?」


 間の抜けた、緊張感の欠けた声が老人の口から漏れる。それが今際の際に漏らした一言だった。


 気が付けば視界が逆転しており、地面が近付いている。その一瞬を十ほどに切り分けた刹那の中、老人が目にしたのは首を失った自らの体。杖をついたまま、身動き一つしていない。


 そして、その背後に立つ實の姿。老人は自分の身に何が起きたか漸く理解した。


 意識が消える間際、後ろ手を振りながら路地裏を去っていく實。恨み節を吐く暇も与えられず、老人の命は闇に飲まれて潰えた。

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