来年度は

 今日は遥と高校生活を一緒に過ごすことのできる、最後の日だと思って気合を入れてきたのに、遥の席は空席のまま授業が終わり、お昼を迎えてしまった。

 いつもならそのまま各自解散となるところだが、担任が帰り支度をしている生徒を呼び止めた。


「少しだけ大事な話があるので、みなさん席に着いてください」


 えーっと不満の声があがるが、みな渋々といった様子でだらだらと再び席につく。

 コンコン、と扉をたたく音が響いて担任が「どうぞ」と答えた。

 ガラガラと扉がスライドして最初に現れたのは、大きな身体をして威厳のある顔をしている理事長。そしてその後ろに控えていたのは、スカートを穿いて、ほんのりとメイクもして、誰がどう見たって魅力的な女性、遥だった。

 また、ウィッグをつけているのか髪は長くて、唇もいつもよりほんのりと紅く色気も感じる。男装をしていた時の中性的な魅力は、もうどこにも見当たらない。

 それは中学生まで共に過ごしていた女の子としての遥ではなく、今僕が女性として遥という存在として見ているのだと、真正面から突き付けられた気分だった。

 教室は突然の展開にざわめき立っているが、おそらくまだ誰も目の前の女性がクラスメイトのはるだと認識していない。それほどまでに、ギャップがあった。


「えー。これから、みなに謝らなければならないことが二つある。どちらも私個人の責任だ。それだけは先に伝えておきたかった。遥」


 はるかという言葉に、教室がまた少しざわついた。


「私は、はるという名前で過ごしていましたが、ほんとうは神谷はるか、女性です」


 教室のあちこちでどよめきが起こる。「お前知ってたか?」、「いや……」と。だがみんなあまりの急展開にまだ半信半疑といったところだろうか。


「今までうそをついていて、ごめんなさい」


 遥の謝罪の言葉とともに、理事長と遥が頭を下げるがどよめきは収まらない。

 その時、教室の中である疑問が生まれた。


はるはどうなるんですか」

「今、神谷高校は男子校だ。当然このままクラスに居続けることはできない」

「……」


 クラスから、一人の人間がいなくなるという事実に教室は静まり返る。


「なんとかなりませんか」

「俺たちちゃんと黙ってますから」


 クラスのあちこちで、何とかしてほしいと、懇願の声が生まれ、大きく膨らんでいく。これは遥が、仮に性別を偽っていたとしても、クラスメイトから愛されていたという何よりの証拠だ。

 あまりにも声が大きくなって、収拾がつかなくなるかと思われたところで担任が手をパンパンと叩いてみんなを落ち着かせた。


「まだもう一つ、理事長からお話がありますよ」

「まず父親として、娘がこれだけ愛されていたこととても嬉しく思う。皆、ありがとう」


 遥は複雑そうな表情のまま、クラスメイトを眺めていた。自分を思っていてくれた嬉しさがありながらも、嘘をついていたということの後悔で素直に喜べないのかもしれない。


「そして、もう一つ謝らなければならないことがある。それは……」


 教室は、シンと静まり返ってみなが理事長に注目していた。遥も、もちろん僕も。


「来年から神谷高校は共学校になる!」


 一瞬の間があいたたのち、ドッと教室が沸いた。

 よっしゃーと叫んでガッツポーズするものもいれば、髪を必死に整えなおしたり、どちらが先に彼女できるか勝負だと浮足立ってるものもいる。今からすぐに女の子が入ってくるわけでもないのに、みな大はしゃぎだ。


「こほん。皆喜んでくれたようでなによりだ。喜びに満ちている皆に最後に一つ、伝えておくことがある」


 興奮冷めやらぬ様子の教室で、理事長はゆっくりと口を開いた。


「来年の四月に、私の娘の神谷はるかがこのクラスに転入する予定だ。ぜひ仲良くしてやってくれ」


 その言葉に一番驚いていたのは、遥だった。


「いいの?」

「もちろんだ。むしろ一年間つらい思いをさせたな。悪かった」


 再び熱気が渦巻いた教室で、遥が教室の前でみんなの注目を集めながら言った。


「みんな、来年からもよろしく!」

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