第3話 物語を継ぐもの

「……という話だったのさぁ」

 ジローはワープロで結語を打ち込み終えた。

 これで一編の冒険小説が書きあがった。今度こそ売れるといいが。

「何、昔話を語り終えた母親みたいな事を言ってるんダ」

 エリオは既に出来あがっている分の原稿を、その口の周りの髭で舐めていた。既読した紙を、丁寧に畳んで重ねる。

 ビブリオボルテックスの無数の人工衛星の一つである集合住宅。そこにあるジローの私宅。

 鉛入りの黄色い窓硝子から見える宇宙空間を背景に、二人はフリーな時間を過ごしていた。

「全くこの小説は誤字が多いんダ」

「推敲するのはまだこれからだよぉ」

「完成品じゃないんダ」

 ジローの小説は、ビブリオボルテックスでの不思議な体験を元にしたものだ。

 ザ・グレートライターを失った図書館星はもう発掘されたスペースを新たな文書が埋める事はない。

 書物はもう増える事はなく、人人はザ・グレートライターの運命のくびきを外されたのである。

「図書館の価値は落ちたなぁ」

 ビブリオボルテックスの情報収集機能は失われた。

 これからは図書館星の発掘ペースは眼に見えて落ちるだろう。

 多くの図書館深部アタック隊があの日を境に解散していている。

 知の迷宮での、宇宙人類の冒険の日日は終わったのだ。

「今思い出してもゾッとするな、ザ・グレートライターはぁ。物語を書かされる立場になるなんてガラじゃないしぃ」

「そうは言っても作家としてはそそられる事もあるんダ? あの立場に」

 ジローは、エリオの言葉を聞いて考えこんだ。作家として自分の好き勝手に宇宙を書いていく立場。そそられないと言えば嘘になる。

「……いや他人に影響を与えすぎるのは怖いなぁ。神の如くは本当にガラじゃないよぉ。超インフルエンサーにはなりたくないなぁ」

「自分の書く小説が、他人に影響を与えて当たり前じゃなかったんダ」

「よしてくれぇ。読者への影響は、考えると自己嫌悪になる事もあるんだぁ」

 読者達はこの冒険小説を通して、ビブリオボルテックスの核で何があったかを知るだろう。

 そこでジローとエリオが何と会い、何を決断したかを。

「でも、もし、もう一度チャンスがあったらザ・グレートライターの代替わりを自分が受け入れていたかもなぁ」

「やっぱり他人に影響を与えたがってるんダ。ヒトの主観的な欲望がそれをそそのかすんダ」

「貧乏作家を続けるよりはいいかな、と思っただけだぁ」

 ジローはミルクコーヒーの紙パックにストローを刺した。

「……物語をあっさり終わらせるのも作者次第ダ」エリオの真剣な声。

「宇宙を滅ぼせというのかぁ」

「ジローにそのガッツがあればダ」

「やめとこぉ」ジローは太った自分の腹を手で叩いた。「俺が子供の頃に信仰していたテレビジョンのヒーロー達が、それはやめろと言っているぅ」

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ザ・グレートライター 田中ざくれろ @devodevo

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