第十四章 静縁

見舞いに通うたび、優子は少しずつ言葉数を減らしていった。

代わりに、視線だけが穏やかにこちらを追う。


その日、窓際に差し込む光が、いつもより柔らかかった。

優子は枕元の本を指でなぞりながら、ぽつりとつぶやく。


「ね……その本、前に言ってたでしょ。字が読めなかったって」


覚えていたのか、と胸が一瞬詰まる。


「祖母もね、全部は読めなかったみたい。でも……

“いつか、読める人が現れる”って言ってた」


爽太は黙って頁を開いた。

時間と埃で擦れた文字。

だが、祖父から教わった読み癖が、ゆっくりとそれを拾い上げていく。


そこにあったのは、短い書きつけだった。


――もし、この本を手にしたあなたが生きているなら

  私は、きっと約束を果たせなかったのでしょう

  それでも、待っている人がいたことだけは

  どうか、忘れないでください


声には出さなかった。

だが、優子はそれだけで察したように微笑む。


「やっぱり……誰かを待ってる本だったのね」


優子はまたゆっくりと目を閉じた


「優子?」


爽太は慌てて名前を呼んだ。


優子は優しく微笑むだけだった。

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