第十章 視線
ある日の午後、爽太は学生仲間と街のカフェーへ向かっていた。
震災で被害を受けた街はまだ復旧途中で、店内は簡素な造り。
提供されるメニューも限られ、温かい飲み物と軽食がある程度だった。
「ここ、久しぶりだな」
爽太が仲間に話しかける。
「そうだね、まだ完全には元に戻ってないみたいだ」
外の瓦礫の街の喧騒を忘れられるような静けさの中、二人は席に着いた。
⸻
すると、店内の一角で給仕をしている少女の姿が目に入った。
その顔は、昼間瓦礫の間で見かけた少女――優子に似ている。
爽太は一瞬、胸がざわついた。
優子も、給仕として働きながら、ふと目に入った客の中に見覚えのある学生の姿を見つけた。
しかし、互いに気づかないふりをして、知らない人のように振る舞う。
⸻
「……」
爽太は仲間と談笑しながらも、つい視線が優子に向かってしまう。
動作や仕草、細い体の使い方、背筋の伸び方――
昼間の瓦礫の片付けでの姿と重なり、心の奥がざわつく。
優子も、気づかれないようにしながらも、無意識に爽太の方を見てしまう。
その一瞬の視線の交差に、二人はぎこちない微笑みを交わすだけで、言葉は交わさない。
⸻
仲間との会話の中でも、爽太は時折耳に入る優子の声や動作に注意を払い、視線をそらせない自分に気づく。
「……どうして、こんなところで会うんだろう」
心の中でそう思いながらも、普段通り硬い表情を崩さず、仲間との会話に戻る。
優子も同じ気持ちで、少し胸がざわつく。
養女として引き取られた家では、自分の心情をうまく出すことはできず、働くことで必死に日常を取り繕う。
しかし、あの学生――爽太を目にすると、昼間の記憶が蘇り、胸の奥に温かさと切なさが交錯する。
⸻
言葉を交わさずとも、互いに存在を意識してしまう二人。
ぎこちない空気の中で、ほんのわずかな瞬間の視線の交差が、二人の距離を静かに縮めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます