第六章 邂逅

休日の朝、爽太は学校の帰り道、祖父の知人から託された大切な本を胸に抱えて歩いていた。

その本は、戦場で死の淵をさまよった人から「待っている人に必ず返して欲しい」と託されたものだった。

本当に待っている人がいるのか半信半疑だったが、祖父の遺言に従い、祖父が長年勤めていた役所の周辺の古本屋を探していた。しかし、先の関東大震災の影響で、半ば諦めかけていた。



一方、優子は瓦礫の中、祖父母が大切にしていた本を探していた。

生まれつき体が弱く、最近はさらに体調も思わしくない。

瓦礫をどかすたびに埃が舞い、少し咳き込みながらも必死に掘り進め、大事な一冊を見つけ出そうとしている。


「絶対、見つけださないと。」


それは祖母が大事にしていた本だった。

出かける時もいつも持ち歩き、優子もそれを大事にする祖母の姿を焼き付けていた。

幼心に、優子はその本がとても大切なものだと感じていた。

しかし、祖父母も震災で亡くなり、両親も同様に失ってしまった。



いくら祖母が大切にしている本でも、瓦礫の山から探し出すのは容易ではなかった。

周囲では世間話をしながら片付けを進める人々の姿がちらほら見える。


優子は瓦礫を一枚ずつ、一つずつゆっくりと片付けるしかなかった。

太陽の光に舞う埃を払いのけながら、咳き込みつつも小さな体に力を込め、やっと倒れかけていた本棚の下から一冊を見つけ出す。


優子はなんとも言い難い感情に包まれた。

愛おしいような、やっと出会えた喜び――胸に抱きしめると、心が温かくなる。


ふと目をやると、本の片隅に祖母の文字らしきものが記されていた。

優子は目を細めて読み取ろうとしたが、劣化と埃で文字はかすれており、ひらがなだけがなんとか判読できた。



その日も爽太は瓦礫の間を歩いていた。

ふと目の前に少女が見えた。

少女はやっと見つけた本を嬉しそうに抱きしめている。

――それは、祖父に託されたあの本に似ていた。


思わず我を忘れた爽太は、瓦礫の山を飛び越え、優子に迫り、本を奪おうと手を伸ばす。


「……!」


優子は力いっぱい抵抗したが、本は奪われてしまった。

その拍子に尻もちをつき、手のひらを古びたガラスの破片で切ってしまう。


「痛い!」



はっと我に返る爽太。

慣れた手付きで優子の手を取り、ハンカチで切り傷を手当てする。


「ごめん、大丈夫か?」

声には驚きと焦り、そして少しの戸惑いが混ざっていた。


「手当てが上手なのね。」

優子は少し興味半分に尋ねる。


爽太は少し間を置き、静かに答えた。

「祖父に言われたんだ。戦場で残酷な経験をしてきた代わりに、人を助けるように、と……遺言みたいなものかな」


優子は俯く爽太を覗き込む。

学生帽が陰になり、表情はよく見えない。

優子は諦めかけて立ち上がろうとした。



夕日が赤く差し込み、二人の影が伸びはじめる。


「ごめん。」


「本当よ! 尻もちつくし、手まで怪我するし…明日から片付けできないじゃない!」

顔を膨らませて、優子が怒る。


爽太はそれを見て、何か懐かしさを感じた。

ただ、怪我をさせてしまったのは事実である。

バツが悪そうにポツリと言った。


「片付け、手伝うよ……」


瓦礫の山を見つめる爽太の言葉に、優子は笑顔で返す。


「うそ! 大丈夫よ! もう見つけたいものは見つけたから」

優子は笑いながら言った。



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