『結婚販売所。どんな方にも素敵な愛をお売りします』

@hinata_yuki

愛は手軽に買える?

 愛に飢えている皆様、愛をお金で買いたい皆様、御安心下さい。良質な愛はお金で買うことが出来ます。当店は『愛』を売っております。お気軽にお求め下さい。少しでも気になる方は店主にご相談下さい。あなたにぴったりの愛をお売りいたします。






 俺は異世界にやってきてそんな看板を目にした。

 愛は売っているのか?

 愛は金で買えるのか?

 それは俺が転生前にいた世界の価値観とは真逆だった。

 愛はお金では買えないと言われていた。

 金で幸せは買えないと言われていた。

 少なくとも一般論はそうだった。

 価値観がひっくり返りそう。



 俺がいた世界は地球という場所で、日本という国だった。

 国ガチャでいうと大当たりと言われるような国だったが、幸せ指数は低め。

 国民は未来に幸せを求められずにいた。

 そんな俺たちの国は、静かに世界からフェードアウトしようとしていた。

 二十五年後には一億二千万人いた人口が一億人を割り、五十年後には八千万。

 百年後には五千万人を下回ると言われていた。

 まあ、それでもイタリアなんかと一緒じゃんと思うが。

 G7であるイタリアと一緒なら、別にそんなに騒がなくとも。

 ちなみにG7とは先進七カ国のことをいう。

 小学校が年間四百校も廃校になっているがな。


 この数字をどう見るのだろう?

 百年後、自分という人間は確実に存在してはいないのだ。

 生きていない世界の心配をしても始まらない。

 そもそもが日本列島というものは五千万人用に出来ていると言われている。

 二百年前の江戸時代は五千万人しかいなかった。

 年齢分布が違うけどさ。

 経済規模が小さくなって、存在感も小さくなって、ゆっくりと消失に向かうのだ。

 千年後にはこの世に日本人はゼロ人になっているらしい。

 千年先のことなんて、そんなの想像も付かない。

 エルフじゃあるましい。

 歴史を考えれば千年前といえば平安時代じゃないか?


 蹴鞠をしていた時代のことなんて、

 短歌を詠んでいた時代なんて、

 そんな昔のことはリアルに考えられない。


 そんな風潮の中で、俺は一人きり静かに生息していた。

 働いているだけ。

 結婚もしない。

 子供もいない。

 それどころか恋愛すらしなかった。

 四十くらいになった頃、痛烈な孤独が俺を襲った。

 温かいものに触れたい。

 一人は寂しい。

 でも、結婚相談所に行くなんて、そんな行動力はない。

 自分の存在に駄目出しされるようで怖い。

 今更恋愛なんて出来ない。


 五十を過ぎた頃、俺は猫を飼いだした。

 五十過ぎの一人暮らしの男が猫だなんて。

 笑っちゃう話だが可愛かった。

 柔らかくて、温かくて、愛おしい。

 その時になって、俺は結婚していないことを後悔した。 


 親は死に兄妹はいない。

 天涯孤独というのは、案外簡単になるらしい。

 俺の目標は、俺の飼い猫より長く生きることだ。

 俺を慰めてくれたこいつを見送ったら、正真正銘のひとりぼっちで、そしたら俺も孤独な生涯にピリオドを打つのだ。


 寂しいだけの人生だった。

 つまらない人生だった。

 もう一度生まれ変わることが出来るなら、結婚をしようと心に決めた。

 告白なんて怖くない。孤独に比べればどうとでもない。

 顔なんてどうでもいい。猫だってどんな毛色でも可愛い。

 太っているか痩せているか、これもどうでもいい。

 太った猫も痩せている猫も可愛い。

 性格だってどうだっていい。

 人懐っこい子も、シャイな子も、猫パン要員も可愛いものだ。


 冷たくなった飼い猫を抱きながら、俺は噎び泣いていた。

 もう生きてはいられない。

 苦しくて生きられない。

 俺の相棒が冷たくなってしまった。

 もう、俺はこの世にはいられない。

 いる場所がない。 

 俺は七十になっていた。

 孤独の中では生きられない。

 俺も死のう。


 そう思った瞬間、タイミング良く心臓麻痺にでもなったのか?

 気がついたら異世界に飛ばされていた。

 中世ヨーロッパのような世界。

 剣とか魔法とかありそう。

 そして俺は十四歳くらいの少年になっていたのだ。


 赤ん坊じゃないんだね? と思った。

 これじゃあ、よくある無双は出来なさそう?

 でも十四だって、七十と比べればえらく若い。

 無双は諦めて普通に生きよう。

 堅実に。


 そこまで考えて俺は頭かぶりを振る。

 いや待て待て。

 堅実なんてくそ食らえだ。

 俺はしたいことをして生きたい。

 そうでなければ転生した意味がないじゃないか。

 そう、人生冒険だ。


 そう思い直した俺は、とにかく作戦を立てようと思った。

 大袈裟かもしれないが人生の作戦。

 俺が前世で苦しんだのは孤独。

 孤独を回避する人生を送ろう。

 俺は性懲りもなく、また一人きりの人生からスタートだったから、とにかく二人になろうと思う。

 何故なら俺は転生したのに、親も兄弟もいない。

 一人きりの森の小屋にひょっこり現れた。

 俺の二度目の人生は既に危うい。

 これ、スローライフ系の転生じゃないだろうか?

 なんで森の小屋。

 その上、俺は水に映った姿を見て絶句した。

 人間じゃなかった。

 尖った耳に翠色の瞳。金髪に端正な顔立ち。

 これ、エルフじゃね?

 絶対エルフ。

 いかにもエルフという出で立ち。

 やばい千年は生きる。

 むしろそれ以上。

 前世では七十年で孤独に押しつぶされたのだ。

 千年なんて、確実にヤバいだろ。

 耐えられないだろ。

 耐えたくもないし。

 平安時代から現代。

 もしくは現代から日本滅亡まで一人で生き抜くのか?

 末恐ろしい。

 俺は一人きりの小屋で茫然となる。

 小屋が地上ではなく、木の上にあることで気付けと思う。

 変だなとはうっすら思ったが打ち消した。

 木の上に住む民族だってだっていそうじゃないか。

 木の上とかさ、水の上とかさ、色々な事情でさ。


 兎にも角にも俺はエルフで、ちょっと天涯孤独っぽい。

 親とか兄弟の記憶はない。

 いるかどうか分からない。

 取り敢えず、この小屋に家族はいない。

 俺が一人で住んでいるらしい。

 ベッドが一つしかないし、その上、なんか色々年季が入っている。

 俺って見た目十四、五だけど本当は何歳なんだろうな?

 百歳くらいなのかな?

 もしくは前世の歳を引き継いで七十一とか?

 あり得そうで怖い。

 あんまり新鮮じゃない。


 小屋を全て確認したところ、壺みたいな入れ物に金貨が三枚だけ入っていた。

 これが初期装備なのだろうか?

 それと薬棚が充実している。

 森で薬草でも摘んで、街に行って売るのかな?

 それで生計を立てていたのかな?

 あとは森の恵みを採取系?

 本当にスローライフ仕様だよな?


 俺はそんな前世みたいな人生はいや。

 どうにかしなければ……。

 俺は金貨三枚握りしめて家を出た。

 そして歩いて一時間くらいの場所にあった街にやってきて、看板を見て唖然としているところ。


 買おう。

 愛を買おう。

 売っているなら買わなければ。

 恋愛結婚に夢を見る歳ではない。

 四の五の言ってはいられないのだ。

 愛を切望している。

 罠でもなんでもいい。

 だって行動を起こさなければ、ずっと孤独なままだから。

 俺は勇気を振り絞るんだ。


 俺はもの凄く突っ込みどころ満載の看板を掲げた店のドアを押す。

 表通りにあるんだ。きっと如何わしい場所じゃない。

 大丈夫大丈夫。きっと?

 あ、でも入る前に俺が精霊術とか使えるのか調べておいた方が良かったかな?

 ちょっと軽率だったか?

 いや、表通りだし。

 大丈夫? だよね?


 俺は心を奮い立たせて店内に入る。

 するとカウンターに座っていた店主が立ち上がり、揉み手で近づいてきた。

 その時に俺の服とか装備とかを目敏く確認していたぞ。

 俺にはちゃんと見えていたぞ。

 どこの世界も変わらないな。まったく。

 でもさ、俺も七十のおっさんだし、そんな視線をいちいち気にするほどナイーブでもない。人生二周目だとふてぶてしくなれるな? これは大分生きやすい。

 七十年生きた俺の人生も捨てたもんじゃない。今になっていきてるよ?


「愛をお探しでしょうか?」

「愛をお探しだ」


 コミュ障?

 なんだ俺の台詞。

 もっと気の利いたことを言えないのか?

 でも、いちいち気にしない。

 俺は七十のおっさんだ。

 プライドなんてドブに捨てたさ。


「では奥の個室で詳しくお話をお伺いします」

「そうか」

「はい。どうぞ」


 俺は店の奥の個室に案内された。

 窓がない。

 俺、もしもの時、逃げられるのか?

 ソファーを進められ、ローテーブルを挟むようにして、店主と相向かいに座る。


「どんな愛をお求めでしょうか」

「深くて、決して裏切らない愛だ」

「では、奴隷紋を入れた方がよいですね?」

「え?」

「え?」


 どれいもん?

 奴隷?


「この店は奴隷商だったのか?」

「違います」


 店主はやや心外そうに答える。


「愛の販売所です」

「そうか?」

「そうです。お客様のニーズに合わせて奴隷紋も別売りしております」

「……」


 奴隷ではないけど、客に合わせて奴隷にするということか。


「商品が百パーセント裏切らなくなりますので。これはこれで有効です」

「……」


 俺は前世の記憶があるので抵抗があるが、奴隷商はファンタジーの鉄板でもある。


「奴隷に落とすのは抵抗がある」


 俺は素直に答える。


「入れなければ、愛に裏切られるかもしれません」

「…………」

 シビアな愛だな。


「奴隷紋を入れなくても裏切らない愛が欲しい」

「ありません。心に確約は出来ませんからね。体に確約を刻印するしかありません」

「……随分とはっきり言うな」

「正直が信条の商売をしておりますもので」

「…………」


 俺たちは正面に座りながらも、フフフとお互い含み笑いをした。

 なんかお互いに老獪。俺は七十のおっさんだしね。この思考、何度も出るな? 大活躍だよ、うん。

 ここで一番気になる値段を知りたい。

 値段を最後まで聞けない寿司屋のお任せコースとは違うのだよ?


「ところで愛の相場は?」


 店主は俺の目を覗き込むように下からねっとりと見た。

 少し気持ち悪いぞ。

 でも、俺はおっさんだから――以下略だ。


「金貨一枚から、上は千枚以上までご用意いたします」

「…………」


 上限なしか。

 俺は金貨三枚しか持っていないからな、底値の愛でいいや。

 それでもないよりはいい。


「金貨一枚で買えるものを見せてくれ」

「…………承知しました」


 店主が腹の奥で少し笑った気がしたが、そんなことは気にしない。

 再度言うがナイーブはゴミ箱だ。

 店主が呼び鈴を鳴らすと、若い店員がやってきて、店主と何やら小声で話している。

 そして店員が下がって、再度現れた時は、ぞろぞろ何かを引き連れていた。

 これが愛ってやつ?

 店員と愛がぞろぞろと入ってくる。

 一人の店員が一つの愛を引き連れていた。

 これが愛なんだ。

 愛って露骨なんだな。

 金貨一枚分の愛。

 奴隷商なようで奴隷商ではない結婚販売所は生体販売所だろうか。

 やっぱりきな臭い店だった。

 どうする俺?


 でも奴隷ではないのかな?

 とても綺麗で丁寧に扱われている。


「この子は今日ブリーダーが持ってきたものです。どうですか?」


 店主が見せてきたのはふわふわの御包みの中の獣人の赤ちゃんだった。

 しかも猫。


「この愛を買います」

「え?」


 俺の即決に店主が驚く。


「ピンときました。買います」

「他は見なくて大丈夫ですか?」

「見なくて大丈夫です」

「この子は獣人族の猫でして」

「見れば分かります」

「十五年後くらいには育ちます」

「はい。子供にします」

「え?」

「ですから子供に」

「結婚相手をお探しでは?」

「そうでしたが、子供でも問題ありません」

「そうですか」

「そうですとも」


 店主は一瞬驚きで固まっていたが、ベルのようなものを盛大に鳴らし出して、


「御成婚。御成婚。御成婚」


 と三度言うと、従業員達が皆、拍手をする。

 ちょっと間があったが、結構盛大に祝ってくれた。


「ではこちらが結婚誓約書になります」

「結婚ではなく養子です」

「どちらでも言い方が違うだけですので構いません」

「構わないんですね?」

「ええ、結果は同じですので」

「同じなんですね?」

「はい。愛を買う。愛を売る。シンプルです」

「大雑把ですね」

「そうとも言います。ではここにサインを」


 サインか?

 俺の名前はなんだろう。

 ちょっと分からないから、英語でエルフとでも書いておく?

 それともそれっぽい名前。

 ルフィーとかどう?

 いかにも冒険最先端な名前のイメージ。

 これでいっとくか?


 一応アメリカ人がするような筆記体をこう上にはみ出して下にはみ出すみたいに格好をつけたサインを書いてみた。俺の名前もルフィー決定か? いや少しくらいもじってルーフとかにしとく? シーフみたいか? それとも屋根?


しかし俺の謎心配を余所に、店主は読めるんだか読めないんだか分からないサインを受け取り、頷いてくれた。そしてトレイを出すので、これは金だろうと予想のもと金貨を一枚入れたら、


「少々お待ちを」


と言って下がっていった。

金貨を天秤で量るのかな? うんそうだろ。基本だし。


店主が戻ってる来る、更に揉み手が激しくなっていた。

良い金貨で良かった。

比重は24金だろうか?

ちなみに金は24分率で表すので、24金は99.99パーセントになる。

それだと摩耗するんだけどね。


「奴隷紋はどういたしましょうか?」

「……いらない」

「獣人族はすばしっこいので逃げられる可能性もありますが」

「……大丈夫。その時は風に探してもらうから」


 店主の目が一瞬、俺の耳を見た。

 プロの割には意外に露骨だと思うんだよね。


「あなたが正直な方で、私が良識ある商人でありますので、老婆心ながら一つ助言を。ここは人が営む人の世の街です。耳はお隠しになることをお勧めいたします 攫われたくなければ」

「そういうものなのか?」

「そういうものです。エルフの愛は金貨千枚で売れますから」

「…………」


 俺、高っ。


「しかも精霊術を使えるとなれば、それはハイエルフ。希少中の希少種。お気を付け下さい」

「お前は金が好きそうだが、俺を捕まえないのか?」

「……捕まえません。それはこの国の法を犯すということ。一生陽当たりの良いとこには出られなくなります。私はそんなリスクを犯さなくとも、十分食べていける腕の良い商人でございますので」

「……腕が良かったんだ」

「もちろんでございます。あなた様はそれほどお金持ちには見えませんでしたが、良い商いが出来ると踏みました。そしてそれは正解だった。何故なら獣人の赤ん坊の購入を秒で決めた。値切りもせずに。そして金貨が重かった」

「…………やっぱりそれか」

「それが決め手でごさいます。金満より正直。18金より24金です」

「ほぉ」


 やはり24金。


「ということは通常流通しているものは18金」

「……そういったものも存在しております」

「混乱しないのか?」

「秤は欠かせません」

「そうだな」

「そうです」

「残り24パーセントのお釣りは銀で出るのか?」

「出ません」

「出ないのか」


 おいっ。


 18金は二十四分の十八。含有量75パーセントだろっ。ぼるなよ。

 どこが良い商人?


「高価な御包みと獣人用のミルク一ヶ月分と着替えもろもろをお付けいたしましょう」

「……それはどうも」

「どういたしまして」

「…………」

「ルセ様、末永いお付き合いをお願いいたします」

「ルセ?」

「サインに書いてありました御名前です」


 俺の名前はルセになった。

 ルフィーとは読まないらしい。

 別にいいけど。


「奥様の御名前も誓約書に御記入下さい」

「え?」


 そんなことを急に言われても考えてないし。


「急過ぎて無理」

「では五分待ちましょう」


 短っ。


「もう少しゆっくりは出来ないのか」

「出来ますが、御契約が遅れますよ?」

「よし、十分で考えるから、俺とこの子の二人にしてくれ」

「ようごさいます。では十分後にまた参ります」


 店主とぞろぞろ現れた店員と愛は個室から出て行った。

 ちなみに他の愛は年配の人族とかだった。

 たぶん生娘とかじゃなく、未亡人的な雰囲気。

 それもそれで一つの愛の形だが、俺はやっぱり――

 猫。

 猫一択。

 これは前世からの因縁だろうと思う。

 猫を選ばなくば俺じゃない。

 そうだろ?


 俺はぐっすり寝ている獣人族の猫を見た。

 可愛い。

 一目惚れだ。

 なんて名前にしようかな。

 前世ではみーちゃんとシンプルに読んでいた。

 獣医の診察券もみーちゃん。

 みーにちゃん付けではなく、みーちゃんが本名。

 みーちゃんを抱きながら夜中に晩酌をするのが楽しみだった。

 日本酒のスパーリングとか好きだった。

 おっさんなんだけど、俺は甘党。

『み』の付く名前がいいかな?


 俺は行き掛かり状ルセになったし、みーちゃん二世も二文字くらいがイメージ。

 瓶みたいに透き通る蒼い目をしている。

 水脈のことを澪というけど、良い感じじゃないか? 透明感があって。


 俺は十分過ぎるのを待って、ノック音と共に現れた店主に名前を『ミオ』にすると伝えた。

 そして契約書にミオの名前を書き込む。謎の英語仕様は変わらず。

 俺はサインの横に拇印を押すように言われ、店員が用意したナイフで右手の親指の先を少しだけ切るように言われる。


 普通に無理。

 血とか無理。

 自分の手にナイフを突き立てるなんて無理だろ。

 前世日本人だよ?

 そこはナイーブなんだよ?


 俺はきっぱり無理と伝える。

 転んでもないのに故意に怪我とか。

 むりむりむり。

 俺は異世界では素直に生きるを信条にしていたので、素直に伝えると、店主は眉一つ動かさず


「美しさは失われますが、体液ならなんでも結構です」


 と答えやがった。

 ふーん。へーえ。ほーお。

 体液ね体液。

 リンパ液とか消化液とか汗とか色々色々色々あるよね。


 でも――


 唾液一択だろ?

 なんだリンパ液って?

 どうやって取るんだよ?

 結局傷が必要だろという話。

 唾液無難。

 俺は間違えないぞっ。


 じゃあ、ちょっとマナー違反ぽいが、親指をぺろっと舐めて、捺印? した。

 親指消毒したい。

 コロナっ子だし。

 消毒しないと落ち着かないという後遺症が国民病になった。

 店主はミオの口元に契約書を直接持って行き、ぶちゅっと押していた。

 ああ。それが正解? ホントかよっ。

 紙から薄い水色の契約印が浮かび上がり、いかにもファンタジーといった契約魔法が執行される。

 意外に凄いな? 俺は愛の購入手続きで初めてこの世界で魔法なるものを見た。格好いい。俺も使いたい。魔法の扉が開く感じ。


「血の契約では紅い印が浮かび上がりますが、唾でしたので水色でしたね」


 店主にそう言われ、それは余計な一言だろっと心の内で突っ込む。

 人って余計な一言が多いよな?



 

 俺は店主に獣人の赤ちゃんの取説を聞いて店を後にした。

 よい買い物が出来た。

 赤ん坊を抱きながら金貨一枚で買った、愛を大切に懐にしまい、ローブのフードを被って耳を隠す。

 俺、なんだかちょっと目立つ。

 このローブもいかにもエルフといった意匠で、良いもの感が出ているのだが、しかし草臥れ感も半端ない。絶対百年くらいは着ていそう。


 俺は街ゆく人を見ていた。

 小さな街という程ではないが、王都とかそういう規模の街でもない。

 街道沿いの一つの宿場町くらいのイメージだろうか?


 この子が大きくなったら、一緒に街から街へ旅をしてみようか?

 それも楽しそうだ。

 どんな風に育てようか?

 一番は仲良くなりたい。

 ずっとずっと一緒にいたい。

 やっぱり愛情たっぷり系のオーソドックスなやつでいく?


 そんな風に多少浮かれながら、でも慎重な足取りで歩いていたのだが、ふと過る不安に頭を振った。猫の寿命って二十年弱なんだよな? でもまあ、獣人は猫ではないし、まあまあまあ。赤ん坊なんだし。生まれたばかりなんだし。俺よりは遙かに年下の存在だし――変なことを考えるのはよそう。あの締め付けられるような悲しい別れは……。


 俺は腕の中の赤ん坊をぎゅーっと抱く。

 考えない。

 怖いことは考えない。

 何も考えないで、この命を守ることだけを毎日果たそう。


 嫁を買いに行ったのだが、子供でも愛は愛だ。

 前世では勿論嫁を欲しいと思っていたが、子供だって欲しかった。

 嫁は保留で取り敢えず子供だ。

 大まかに考えれば、孤独でなければいいのだ。

 うん。細かいことに囚われるんじゃねぇ。

 流れにそって生きていくんだ。

 今はきっと子供という流れなんだ。

 そうだろ?


 俺は森の小屋に這々の体で辿り着いた。

 とにかく人目を避けたことと。

 赤ん坊を抱いているからすり足? だったことと。

 店主がお釣りの代わりに付けた荷物が重かった。

 赤ん坊&赤ん坊用品で五キロはあったね。

 それを一時間持って歩くのはなかなかきつい。

 バックパックが欲しかった。


 俺はベッドに赤ん坊をそっと置き、その横に俺も寝転がった。

 添い寝しちゃおうかな?

 いいよな?

 血は繋がっていない、どころか種族も違うけど。

 でも、そんなことは関係ない。

 俺の子。


 俺はそのまま、倒れるように寝た。

 俺は一人じゃない。

 金で買った愛だけど。

 お金で買った温もりだけど。


 俺は今日から二人だ。

 異世界で。

 この広い空の下。

 二人で生きて行くんだ。


 よろしくな。

 相棒。


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