第10話 最後

王子が差し伸べた手を拒絶し、白雪姫は渾身の力で叫んだ。


「私を救世主などと呼ぶな。私は、私の罪を償うために生きている。そして、私の罪の始まりは、あなただ!」


彼女の握る『原罪の銀』の短剣は、虹色の光を放ち、吸血鬼としての彼女の全てを賭けた一撃となった。


銀の刃は、迷いなく王子の胸部を貫いた。


「ああ……」


王子の口から、驚きでも、苦痛でもない、静かで深い安堵の吐息が漏れた。彼は、自らの体が滅びゆくことを、むしろ歓迎しているかのようだった。




短剣が彼の心臓を貫いた瞬間、激しい光と共に、霊廟の全てを揺るがすほどの巨大な闇の渦が発生した。


王子の身体は、灰になることも、血を流すこともなく、光の粒子となって崩壊し始めた。そして、その粒子の中から、一つの巨大で古びた魂の塊が解放された。


それこそが、七人の王を通じてこの短剣に力を集めさせ、自らの不死の呪縛を解くために、王子を利用した真祖の魂だった。


『……これで、私は、終わる』


真祖の魂は、世界の始まりから存在する、重く、深く、そして、極めて疲弊した思念だった。その魂は、解き放たれるや否や、抗う間もなく白雪姫の身体へと、まるで吸い込まれるように流れ込んだ。


白雪姫の全身を、氷の冷たさと炎の熱さが同時に駆け巡った。彼女の紅い瞳から一筋の血が流れ、身体の内側から激しい力が溢れ出す。彼女は、七人の王の力を超える、世界の夜そのものを背負い込んでしまったのだ。


「ああ……!これが……真祖の……」


彼女は膝から崩れ落ちた。自分の体を支配する圧倒的な力と、同時に押し寄せる、数千年分の疲労と、途方もない孤独感。彼女は、永遠の夜の支配者となってしまった。彼女の贖罪の旅は、世界を救う者ではなく、世界を終わらせる者として、皮肉な結末を迎えたのだ。

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