新しい朝が始まる(6)

 僕たち3人は笑い合った後、展望台のベンチに座り昼食を食べることにした。

「今日は何のパンだろうな」

 カインが母から持たされた紙袋に、ソワソワしているロミオが呟く。


 毎月1日は母が僕たち3人のためにパンを持たせてくれる日だ。

 何が入っているのかはその時のお楽しみで、まだ店頭に出していない試作品が入っていることもある。


 今日は何のパンが出てくるのか。僕を挟んで両隣に2人が座り、紙袋に熱い視線を注いでいる。

 紙袋の封を開けると、中には美味しそうな存在感を放つ同じパンが6個入っていた。

「やった!今日は"メルンパン"だね!」

 僕の横から紙袋を覗き込み、嬉しそうに手を叩くアリス。


 "メルンパン"とは、パンとクッキー生地を同時に焼いて作るパンのこと。

 サクサクのクッキー生地と、ふわふわのパンの食感が同時に楽しめる。

 出来上がりの見た目が"メルン"という果物に似ていることからその名前がついている。

 母の作るメルンパンはクッキー生地のサクサク感が絶妙だと評判で、オルスタッドのお土産ランキングの上位に入っている。

 両親の経営するパン屋は開店前から行列ができ、開店後、約1時間で完売してしまうほどの人気店だ。

 その主力商品であるメルンパンは、アリスだけではなく、僕もロミオも大好きだ。

 僕たちは「今日は大当たりだね!」と、1個ずつ手に取り仲良く同時に頬張る。

 サクサクの食感が心地良い。


 メルンパンを食べながら談笑していると、小さい子がこのパンに興味を持ったらしい。

「おかあさん、あのパンおいしそう!」

「今度買ってあげるからね」

「えー……、いまたべたい……」

 と、手を繋ぐ母親を困らせている。


 そのやり取りを眺めていると、ふいにアリスが「よし!」と声を上げた。

 アリスは紙袋に手を入れると、今にもぐずり出しそうな子供に駆け寄る。

「1個あげるよ」

 子供の目線に合わせて少しかがむと、その子にメルンパンを手渡す。

 パンを受け取った子供はとたんに笑顔になり、それとは裏腹に母親は申し訳なさそうにお礼を言っている。

 そんな母の気も知らない子供は、早速メルンパンに齧り付く。

「美味しい!おねえちゃんありがとう!」

 僕の母が作ったパンを嬉しそうに食べる子供を見ていると、なんだか僕まで嬉しくなった。

 手を振って離れていく子供に、アリスも嬉しそうに手を振って別れる。


 アリスは再び僕の隣に座ると「1個減っちゃった」と少し残念そうにはにかんだ。

 そんな彼女に僕は無言で紙袋を差し出す。

「え。悪いよ……!」

 と言いながらも食べたそうな視線をメルンパンに向けている。

「いいって。母さんが焼いてるんだからいつでも食べられるし」

「じゃあ半分こね!」

 僕たちは半分に割ったメルンパンを頬張る。

 先ほどまでとは違う、何かが心に染み渡る感じがした。


 パンを食べ、アリスの魔術で遊んでいると、いつの間にか日が傾きもう夕暮れの時間が近づいていた。

 展望台には再びカップルが増えている。皆、夕日を眺めにきたのだろう。

 人が増えてきたしそろそろ降りようかとロミオ。

「やだ。3人で夕日を見てから降りる」

 アリスが駄々をこねて主張してくるので、僕たちもしょうがなく付き合うことにした。


 夕日が良く見える場所はすでに人が多く、子供の僕たちは背を伸ばしても夕日が見えそうになかった。

 そのため、人だかりを避けてギリギリ夕日が見える場所を確保する。

 僕たちは展望台の手すりに身を乗り出し、3人でぎゅうぎゅうに体を押し合いながら見た光景。


 それは――。


 山の向こうにゆらゆらと沈んでいく夕日。

 真っ赤に色づく空に金色に輝く雲。

 眼下に広がる真っ赤に染まった建物。

 空も山も大地も、空気さえ赤く染め上げられた景色。


 そして、地上よりも強く吹く少しひんやりとした風と、

 街を包み込むように鳴り響く夕暮れ時の鐘の音――。


 3人で体を押し合い、左腕に当たるロミオの少し筋肉質な腕と、右腕に当たるアリスの少しひんやりしたやわらかい腕。

 今、この瞬間の光景をじっと見つめる2人の顔。


 この瞬間のことを絶対に忘れないと、僕は心に誓った。


「――帰ろっか」

 山の向こうに夕日が沈み、しばらく余韻に浸っているとアリスが呟く。


 そして後ろを振り返り――。

「あ……」

 何かに気づいたアリスが不安そうに呟く。

「ねぇ、帰りはこれを降りるの……?」

「「…………」」

 3人の視線の先には昼間に登ったあの階段が待ち受けていた――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る