新しい朝が始まる(7)

 ――展望台の屋上での絶望から数分後。

「助かったね」

「うん。助かった」

「あぁ、本当に助かった」

 僕たち3人は地上から展望台のてっぺんを見上げて呟く。


 ――数分前。

 展望台の頂上、階段の前で絶望に立ち竦んでいると、昇降機を操作しているお兄さんが近づいてきた。

「君たち、帰りも階段で降りるつもりかい?こんな時間だ。今回だけ昇降機を使っていいよ。でも、他の人には内緒だよ?バレたらお兄さん怒られちゃうから」

 僕たちはパッと表情を明るくし、笑顔のお兄さんが上に消えるまで、昇降機の中から何度もお礼をした。


 ――そして今。

「お兄さんありがとー!」

 頂上のお兄さんへ地上からの声はきっと届かない。

「ありがとー!」

 お礼を叫ぶアリスを真似してかロミオも叫ぶ。

 2人ともブンブンと腕を振ながら、何度も「ありがとう」と叫んでいる。


 道ゆく人たちの"何事だろう?"という視線が背中に突き刺さっているのが少し恥ずかしい。

 腕を振る彼らは僕を振り返ると、「カインはやらないのか?」とでも言いたげな目で見てくる。

 そんな2人に、僕は首を横に振った。


 3人が広場まで戻ってきた頃には、もうすっかり夜だった。

 街灯で明るいとはいえ、昼間とは違い人も少なく見通しが悪い。

 アリスを家まで送ろうかと話していると、アリスの父親が広場で待っていた。

 遅くなったアリスを迎えに来たのだろう。

 アリスの場所がわかったのは魔術によるものだろうか。


「こんばんは。いつもアリスがお世話になってるね」

 アリスのお父さんは僕たちに優しそうな笑顔で話しかける。

「「こんばんは!」」

「また明日もアリスと遊んであげてね」

「パパ、アタシそんな子供じゃないよ!」

 いつも3人でいる時とは少し違う、親に甘える雰囲気のアリス。


「じゃぁ、また明日」

 とロミオが告げ、家の方に歩き始める。

 僕とロミオの家は道を挟んだ隣同士なので、帰る方向は同じだ。

 ロミオに続き「また明日」と告げようとすると、アリスは少し顔を赤くして俯いていた。


 それから、意を決したようにパッと顔を上げると少し不安そうな表情で、

「ねぇ、カイン……。ちょっといい?」

 アリスに呼び止められた。これは初めての経験だ。

「パパはちょっとあっちに行ってて」と、言われたお父さんはやれやれという表情をした後、僕たちから距離を置く。

 アリスは左手を右手で握ったり、入れ替えたりしながらもじもじしていた。

「明日の、朝ね……、展望台の下で待っててくれる?」

「え……?」

 いつもと違う場所で待ち合わせ?僕だけ?2人きりで待ち合わせ?今までこんなことなかったのに?告白される?いや違うだろ、でもでもでもでも、ああぁぁぁもうそれしか思いつかない!

「う、うん!分かった!」

「良かった。絶対だからね!」

 アリスは僕に目を合わせずそう言うと父親の方へと駆けて行った。

 その後ろ姿を見送っていると、アリスは満面の笑顔で振り返る。

「カイン!また明日ね!」


 僕はアリスに手を振り、家の方に向き直ると――、

「めっちゃにやけ顔だな」

「うおぉっ!?な、なんだよ。居たのかよ」

「いやぁ、なんか面白そうなやり取りが聞こえたからさ」

 そう言うロミオは僕とは違う意味でニヤニヤしていた。


「どこから聞いてた……?」

「ぜんぶ。商人って情報が命だろ?だから普段から耳を鍛えてんの」

 ……耳って鍛えられるんだ?

「ま。帰りながらいじらせてよ。今日は早く帰らないと、明日は寝坊できないだろ?」

「いじるなら一人で帰る」

 言いながら僕はロミオと一緒に歩き出した。


「明日さ、俺熱出そうか?」

「なんでだよ」

 熱って意図的に出せるのか?という考えが一瞬過ぎったが、こいつなら本当に出せそうな気もする。

「だって俺がいなかったら2人きりで遊べるだろ?」

「いいよ。そんな気遣い……」

「あー……」と、ロミオは再びニヤニヤしだす。

「お前アリスと2人きりになったら緊張して喋れなさそうだもんな!」

「そんなことないよ」

 ……そうかもしれない。

「ってか、なんでお前も嬉しそうなの?」

「なんでって、友達が幸せになるのは嬉しいことだろ?」


 はたして、僕はロミオが異性と仲良くしている姿を見て嬉しく思うだろうか……。

 いや、なんとなくロミオは勝手にうまくやれそうな気がするから、おめでとうとは言ってもこいつみたいに喜びはしないだろうと思った。


「俺、今の3人の関係が好きなんだよ。毎日楽しいし、お前ら見てるのも面白いし、何より――」

 ロミオは夜空に浮かぶ星を見上げる。

 そこには数えきれないほどの星が輝いていた。

「俺らが大人になった時、3人で一緒に冒険ができたらいいなって思うんだ」

「さっきの商いの話?」

「それもだけど、いろんな地域を旅して、いろんなものを見て、いろんな人と触れ合って……。そしてまたこの街に帰ってきてさ、俺たち大陸中を歩き回ってきたぞーって、みんなに言いたい。

 年取った両親も笑って迎えてくれて、いろんな話を聞かせてやりたい。だから俺はそのために今勉強してんの」

 あぁ、こいつは本気で商人になろうと努力しているんだな。

「だからお前も頑張って"オータスみたいな英雄"になれよー。6年なんてあっという間だぞ?アリスと別れて寂しいーって言っている間に6年経っちまうんだから」

「うん。お前を見習って頑張ってみるよ」

「……?」

「ん?どうした?」

「いや、俺のどこに見習う要素があったのかと……」

 眉をひそめて自分の発言を振り返っている。

 そんなロミオを見ていると、つい笑ってしまった。

「ぷっ!たぶん、そう言うところだよ」


 ロミオはいいやつだ。

 これから先も、いろんな人を巻き込んでいくんだろう。

 こいつとなら、どんなことがあっても乗り越えられそうな気がした。

 アリスとはしばらく離れ離れになったとしても、次に会う時までに、ビックリさせられるくらい強くなっていよう。

 こいつが隣にいれば、何でもできる気がする。


「カイン、また明日な。寝坊すんなよー」

「おまえも熱出すなよー」

 玄関前で親友と明日の約束を交わすと、僕は自宅の玄関を開けた。

 

 僕は家族3人での食事を済ませると、父親と一緒にお風呂に入り、今日あった出来事をいっぱい話した。

 楽しそうに語る僕の話を、父は嬉しそうに聞いてくれた。


 寝る時間になり自室の布団に入ると、いつも通り母親が来て就寝前の物語を読み聞かせてくれる。

 今日は"女神様が大陸を作った"という逸話だった。

 どうやら大陸生成時には大きな地震が発生したらしい。

 母の話を聞いているうちに、徐々に僕の体を眠気が満たしていく――。


 アリスはもうすぐ遠くに行ってしまう。僕もついていきたいって言ったら両親はなんていうかな……。

 明日、聞いてみようかな……。

 まどろむ意識の中で、そんなことを考えながら僕は眠りに落ちていった――。

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