新しい朝が始まる(5)
アリスが魔術構文と呼ばれる呪文を唱えると、3人の前に円形の光の板が現れた。
その光の板には、ぼやけた映像が映っていたが、アリスがヒラヒラと手を動かすと、ピントが調整され次第に鮮明な映像に変わっていく。
「「すっげぇ……」」
2人して同じリアクション。
そこには10キロメートルほど離れた位置を、こちらに向かってくる馬車がまるで目の前にいるかのように拡大されていた。
「昨日覚えた"望遠魔術"だよ。どお?すごい?」
僕の方を見てはにかむアリスにドキドキしてしまう。
「すっげぇ!なぁ、これどこまで見えんの?あの山とかも見える?」
何も言えない僕とは裏腹に、ロミオは饒舌にアリスの魔術への感動を口にする。
「やってみるね」
アリスが手をさらに動かすと、15キロメートル程度まではかろうじて認識できたが……、どうやらその辺りが限界らしい。
それ以上遠くは急にぼやけてしまい、何が映っているのかもわからなくなっていた。
「んー……。これ以上は無理かなぁ。たぶんこれくらいが限界」
そう言って先ほどの馬車の少し奥に距離を調整すると、再び映像が鮮明になった。
そこには四足歩行の狼型の魔獣の群れが映し出される。
「え?これ、もしかして魔獣?」
生まれて初めて見る魔獣にロミオが興奮し手すりから身を乗り出す。
「たぶん……。僕も本物を見るのは初めてだ」
「おい、この進行方向ってさっきの――」
魔獣の群れが走る進行方向を察したロミオが声を上げた。
「あ、危ない!」
「「あ……」」
行商人の馬車が魔獣の群れに襲われる瞬間――、アリスが魔術を切る。
そして腕に顔を埋めて何も言わなくなった。
僕は、あの馬車がどうなったのか気になっていたが、誰も言葉を発しなかった。
――正午を告げる鐘が鳴り響く。
昼食時だからだろうか。昇降機が降りて行くと、展望台の頂上にいた人たちがほとんど居なくなっていた。
「平和がいいな……」
アリスは顔を上げるとポツリと呟く。
「3人で、毎日笑ってね。同じような毎日なんだけど少しずつ違って、そんな平和な毎日が過ごせたらいいのに……。3人で、ずっと一緒に。」
風に
アリスは来月になったらこの街から出て行く。
本当は寂しかったのかもしれない。
そんなアリスにロミオが言う。
「大人になれば、きっとなんでもできるさ」
「おとなかぁ……」
ロミオとアリスのやりとりを聞きながら、僕は2人が大人になった姿を思い浮かべる。
ロミオは行商人として大陸中を走り回って、いろんな経験を得て行くんだろう。
アリスは魔術の才能を活かしてきっと人のためになるようなことをしている。そんな将来を想像した。
でも、僕は……?
かつて母が読み聞かせてくれた"オータスの英雄譚"。それを聞いて自分も英雄みたいになりたいと思った。
けれど、それはただの憧れでしかない。
夢を掴もうとしている2人に対して、僕は少し後ろめたい気持ちになってしまう。
「カインは"オータスみたいな英雄になってみんなを守る"んだろ?それなら俺の行商の護衛をしてもらって、アリスは魔術で人寄せをする。ほら、3人ずっと一緒じゃん」
ロミオの発言に、僕たち2人はパッと顔を上げた。
「良い!それ良いね!よし。アタシ魔術学院に行ったら面白い魔術をいっぱい覚えてくる!」
「ははっ!面白い魔術、良いじゃん!学院って6年制だっけ?じゃあカインも6年だな」
「6年?何が?」
「それまでに英雄オータスみたいに強くなって、卒業するアリスを迎えに行くんだろ?」
「な!?」
「……ふふっ。卒業したアタシをカインが迎えにきてくれるの?それはねぇ、一番楽しみかも」
アリスは本当に嬉しそうな表情で、僕を見つめている。
心臓が、うるさい。何か言わなきゃ。
僕は――。
「マ、マママ、マk、マカセトケ!」
「はははっ!照れすぎだろ」
「んなっ!?」
そんなやりとりにアリスは涙を流しながら笑いころげる。
そして、そこまで笑うかと僕たちも笑った。
――"3人でずっと一緒に"
アリスの言ったそれは、きっと"今"に向けたものだったのだろう。
だけど、ロミオの発言で"将来"へ向けたものに変わった。
6年か……。2人を護れるように、頑張ってみようかな。
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