第2話 どれも些細
次に来た死者の夢も、些細だった。女だった。彼女は長い髪を指で梳きながら話した。だが髪は存在していないようにも見えた。指が空を梳いているだけのように見える瞬間があった。
「夢の中で、洗濯物を干してたの」
彼女は言った。
「それだけ?」
「それだけ。風が強くて、靴下が飛んでいった」
僕はノートに書いた。靴下。風。洗濯ばさみ。空の色。彼女はその空の色を長く説明した。説明は具体的だったが、意味はなかった。意味がないことが、逆に現実的だった。
戦争の夢を語る死者はいなかった。殺されたことを語る死者もいなかった。彼らが語るのは、パンを買うこと、靴下が飛ぶこと、猫が窓辺で眠ること、誰かに挨拶をすること。そういう、どこにでもある断片だった。
僕はそれを記録した。記録するほどに、ノートは重くなった。重くなるのは紙ではなく、僕の手の感覚だった。
女性は僕のそばに立ち、時々だけ言った。
「いい」
それだけだった。何がいいのかはわからなかった。
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