第4話 「開けるな」と言い残していた

 勇者の手紙が見つかったのは、偶然だった。偶然は、時々、必要な形で起きる。城の倉庫を整理していた兵士が、古い箱の底から紙束を見つけた。紙束は湿気で少し波打っていたが、文字は読めた。


 手紙は短かった。勇者の筆跡は整っていない。急いで書いたのだろうと思った。急いで書いた理由は書かれていなかった。


 **「扉を開けるな。鍵は預ける。理由は書けない。」**


 それだけだった。勇者は理由を書けないと言っている。書けないというのは、書く時間がなかったのか、書いてはいけなかったのか、書いても意味がないと思ったのか。どれでもあり得た。僕は紙を握り、しばらく見ていた。


 僕は勇者に会ったことがない。勇者は戦争の象徴として語られていたが、象徴は実体を持たない。実体を持たないものに「開けるな」と言われても、従うべきかどうかはわからない。わからないが、従わない理由も見つからない。


 扉の前に立ち、手紙のことを考えた。考えても、結論は出なかった。鍵を差し込む手前で止まった。止まることは、僕にとって自然だった。僕は戦っていない。戦っていない者は、勝利のあとで何をすべきかを知らない。


 城の回廊で、あの若い兵士が僕に言った。


「勇者は臆病だったんですか」

「臆病かもしれない」

「それとも賢かった?」

「賢かったかもしれない」


 彼は苛立ったように笑った。


「全部かもしれない、ですね」

「そう」

「それ、楽でいい」


 楽かどうかはわからなかった。楽というのは、何かを放棄したときに生まれるものかもしれない。僕は放棄しているのか、それとも保留しているのか、その違いがわからなかった。

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