第2話 鍵は何の扉かわからない

 鍵は時々、存在感を増した。増すと言っても、物理的に大きくなるわけではない。重さが変わるわけでもない。ただ、ポケットの中でその形がはっきりと感じられる日があった。そういう日は、歩くたびに金属が布に当たり、かすかな音がした。


 城の奥の扉は、相変わらずそこにあった。誰も見張っていない。誰も掃除もしない。埃は溜まっていないように見えたが、埃が溜まらない理由もわからない。扉は閉じたままだった。閉じているというより、閉じている状態が固定されているようだった。


 僕は鍵を取り出し、手のひらの上で眺めた。刻みは複雑で、整っていた。これを作った人間がいるのだとしたら、器用な人間だろうと思った。器用な人間が何のためにこれを作ったのかは、わからなかった。


 扉の前に立ち、鍵穴を見た。鍵穴は普通の形だった。鍵の刻みは普通ではない。普通ではない鍵が、普通の鍵穴に入るというのは変だと思ったが、変だと思うこと自体は珍しくなかった。世界は平和になったが、平和の中には奇妙なものが残る。


 僕は鍵を差し込まなかった。差し込まなかった理由は、怖いからでも、忠誠心からでもない。差し込む必要を感じなかった。ただ、そういう手順を踏む日ではないと思った。


 城の回廊で、以前の兵士にまた会った。彼は僕を見ると、少しだけ顔をしかめた。


「まだ開けないんですか」

「まだ」

「開ければいいのに」

「開けてどうする」


 兵士は肩をすくめた。


「何があるか確かめるんです」

「確かめたら、何か変わる?」

「変わるかもしれない」

「変わらないかもしれない」


 僕がそう言うと、兵士は不満そうに口を閉じた。彼は若く、戦争の終わり方を信じたいように見えた。信じるためには、何かを開けて確認する必要があるのかもしれない。僕にはそれが必要かどうかはわからなかった。


 その日の午後、城下町の市場に行った。果物が並び、肉が吊られ、人々が値段を交渉していた。平和はこういうところに現れる。だが、道の角を曲がると、壁に焼け跡が残っていた。誰もそれを直そうとしなかった。直さない理由は、忘れたいからなのか、忘れられないからなのか、どちらでもあり得た。


 僕はパンを買い、袋に入れてもらった。袋の中でパンが温かかった。温かさは現実的だった。現実的なものがあると、歪みは少し遠のく。だが、遠のいた歪みは消えるわけではない。消えないものは、どこかで残り続ける。


 夜、部屋に戻り、鍵を机の上に置いた。鍵は光を反射しないように見えた。ランプの光が当たっているのに、金属が鈍く沈んでいる。僕はそれを眺め、しばらくして目を逸らした。


 鍵は何の扉の鍵なのか、誰も教えてくれない。誰も教えないということは、誰も知らないということかもしれないし、知っているけれど言わないということかもしれない。どちらでも、僕の生活は変わらない。僕は眠り、起きて、歩き、扉の前に立つ。何も起きない。


 何も起きないことが、起きていることなのかもしれないと、ふと思った。だがその考えを深く追わなかった。追えば、何かが形を持ち始める気がした。形を持ち始めたものは、もう元には戻らない。

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