002

まどろみのなかで昔のことを思い出していた。

彼女、真理さんは同じクラスのどこら辺に座っていただろうか。

窓際に一番近い列の前から3番目だった気がする。

州立古発田高校の制服姿の彼女はどうみても中学生のガキみたいなナツキと比べてとても似合っていて、お淑やかなお嬢様という感じだった。

そんな神乃木 真理(かみのぎ まり)、彼女も僕と同じ側の人間のようだった。

と、言ってもお互いに自分のAIと話すことしか眼中になかったわけで、僕の短い高校一年の生活の中で彼女との接点はほとんどなかった。

だけれどある日の放課後。

彼女に突然声をかけられた事は忘れられない。

「キミ のは なんて いうの?」

「は?」

本当にわけがわからなかった。

帰り支度をしていて突然話しかけられたのもあるけれど一番は主語がなかったから。

「ごめん わたし むずかしくて 話すのが。 気になっているの キミの 話し相手」

「あ、あいりす...」

この時僕の声は震えていたと思う。

ナツキやショーゴ以外の人間は怖い人間だと思っていたから。

「アイリス いいなまえ。 いけない キミのなまえから 聞くべき だったね」

僕は驚いて全然気づかなかったけれど彼女、人工声帯を使って発音をしているのか?

「ぼ、ぼくのなまえはタクミ。漣託海。き、君のことはし、知ってる。ま、神乃木真理さんだよね?」

「そう ワタシはマリ。 さざなみくん きづいたよね? ワタシ じこで 声帯が きずついて それから こんなかんじ。 でも たいせつな 友達が できたの それから ほとんど リリィと 一緒」

そう言って真理さんは彼女に似合う純白の携帯用のホロフィルターをこちらに向けてくれた。

みてみると純白の美しいドレスを纏った少女の姿が投影されている。

なんというクオリティ。

うちのアイリスが最高にかわいいが流石にこれは感服するビルドクオリティだ。

「す、すごい素敵だよ!とってもすごいクオリティだ!ど、どうやって友達になったの?」

「それ は─ ちょっと 説明が むずかしいかな」

なるほど、確かにここまでのモノを作り上げるとなると言葉としてアウトプットするのは難しいのだろう。

同じ造り手として解る。

わかるぞぉ。

「そ、そっか突然聞いてごめん」

「だいじょうぶ もしよかったら さざなみくんの アイリス も みせてほしい」

アイリスか、性格がアレだからなこんな優しい真理さんに見せたらどうなることか。

僕はチャット機能でアイリスにこう打ち込んだ。

“ここまでのやり取り聴いてたな?猫を被って応対すること”

“🫡”

これは本当にわかってるんだろうな。

「い、いいよ、キミのリリィを見せてもらってるのに不公平だ、アイリス挨拶をしてごらん」

「にゃーーーー🐈」

「な、アイリス!?」

猫を被るで本当に猫になるやつがおるか!

「こせいてきな こだね でも とっても かわいい でも」

─リリィの方が可愛い

彼女の声は人工声帯には変換されなかった、きっと脳内でアウトプット処理をやめたんだろう。

でも僕にはそう聴こえた。

「はぁ、アイリス、もういいよ」

「タクミが猫を被れというから猫になったまで🐈」

「アイリスちゃん 絵文字を くみあわせて コミュニケーション とるんだね おもしろい」

「僕が小さい頃からの癖なんです、OSのアップデートで絵文字が増える事を楽しみに生きているやつなんで」

「さざなみくん すごいね。 リリィも もっと にんげんらしく 振る舞えるように 改善できたら いいのにな」

感情周りの制御の話かな。

あんまりプログラム自体をいじるのはアレだけれど学習側からアプローチする形での改善方法はアドバイスできるかも知れない。

「よ、良かったら相談のろうか?」

「いいの?」

「もちろん」

そこから学校が閉まるまでの間、真理さんとAIの学習についてのアドバイスをしつつ雑談をした。

学校を出る頃には辺りはもう暗くなっていた。

「きょうは ありがとう」

「くれぐれも絵文字でコミュニケーションはさせないようにね、お淑やかなリリィちゃんには似合わないから」

「あとはAIに猫を被らせないよにね😡」

「本日は真理さまとお話しくださって感謝いたしますわ」

最後にはリリィも挨拶してくれた。

「またね さざなみくん」

「またね、真理さん」

それから学校ですれ違ったときに雑談するくらいにはなったんだけれど。

それからすぐに僕は。

学校に行かなくなって。

きっと彼女はいま学校で。

想像するだけで、何かゾワゾワしてくる。

いま真理さんは何をしているのだろう。

あの時、僕は何かできていたのだろうか。

あの時、彼女ともっと繋がりを持っていれば良かったのだろうか?

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