第10話・本心

 学生証をかざして一歩足を踏み入れると、「な、中道くん!」と星影が近づいてきた。

 手にはGoProを持っている。学園の校章シールが貼られているところをみると、レンタルした機材なのだろう。

「こ、このカメラすごいね。小さいし、手ブレしないし」

「GoProで図書館撮るのは、ちょっと違う気もするけどな」

「えぇ⁉︎」

 大きな声で言った後、しまったという様子で手で口をふさぐ。……しかしこの図書館、そういった普通の図書館とはちょっと違う気がする。

 確かに、入った瞬間圧倒されるような、天井まで届く本棚は素晴らしい。

 だが、その奥には大きなテーブルと観葉植物がいくつもあり、大きな窓ガラスから差し込む、心地良さそうな光で溢れていた。

 俺にとって図書館といえば、地元が運営するあのカビ臭く、古臭い場所だ。もう何歳かわからないようなおばあちゃん司書さんがいて、誰も求めず、誰も拒まないようなあの静かで落ち着いた雰囲気が好きだった。

 しかしこのメディアライブラリーは、イケイケのIT企業のような雰囲気があるのだ。そこらじゅうに検索機と、デジタルサイネージがあるし。

 本を読んでいる生徒ももちろんいるが、テーブルで作業をしたり、おしゃべりをしたり、星影のように動画撮影を行っている生徒もいる。そのため、通常の図書館よりもずっと話し声が多かった。

「図書館、初めてくるから、ちょっと見て回ってきても良いか?」

「う、うん! よかったら、あ、案内するよ」

 星影も昨日入学したばかりのはずだが、ここは純文学系、ここはファンタジー、こっちがライトノベルで、ここが学習室で、と手際よく紹介してくれた。

「よっぽど図書館が好きなんだな」

「う、うん。ほ、本って、いろんな人の人生とか、か、考え方がわかるっていうか……と、とにかく面白いよね。じ、自分と違う視点がわかるから」

「そういえばここで、何を撮ってたんだ? 星影のチャンネルは、本の紹介だろ?」

「基本はそうなんだけど……。そ、その、それだけじゃやっぱ、桜木さんにか、勝てないかもって。この学園、に、人気もすごいし。その図書館の紹介だったら、み、みんな興味があるかもって……」

「なるほどな」

 どうやら、アカウントのテコ入れを考えているらしい。図書館紹介のコンテンツを作っていたから、先ほどの紹介も上手だったのかもしれないな。

「ど、どうかな? 中道くんから見て、そ、その、需要、あると思う?」

「う〜〜〜ん……。正直、無いかもな」

 再び、心を鬼にしてはっきりと告げた。

「スポットの紹介は、やっぱり実際に行けるかも大事だと思う。この学園は基本的に外部に開かれていないし、視聴者が図書館を利用して本を借りることは出来ないからな」

「……そっかぁ、そ、そうだよね」

 思ったより、落ち込んでいなさそうな返答だった。

「自分でも、分かってたな?」

「う、うん。それでも、いつもと同じ、本の紹介で良いのかなって、悩んじゃって……」

「俺が言ったアドバイスを覚えているか? 星影の動画のクオリティは、あれを守れば格段に良くなると思う」

「そ、それは……。中道くんはまだ、桜木さんの動画を見てないから……」

 桜木美亜。

 星影の対戦相手で、Dクラストップの生徒だ。星影にチャンネルを教えてもらい、一緒に視聴することにした。空いたテーブルに腰掛けて、ワイヤレスイヤフォンを片耳ずつつける。……なんかこれちょっとドキドキするな。

 星影も同じように思っているのか、どこかこそばゆそうな表情だった。

 再生ボタンをクリックすると、早速動画が始まった。挨拶が始まり、メイクが始まる。

 星影が言うように、確かに桜木美亜は可愛かった。

 軽くウェーブがかった茶色の髪を、キャラクターもののヘアピンで止めて、おでこが丸出しになっている。大きな目が、メイクでさらに強調されて、モデルのように洗練されていく。

 アカウント名は本名そのままで「みあ」だ。

 最近あった出来事をつらつら話しつつ、メイクが終わると、音楽が切り替わりVlogが始まった。新生活始まりましたとテロップが出て、学生服姿の桜木美亜が校内をデート風に案内していく。

 この案内動画を見て、星影も図書館を案内してみようと考えたのかもしれない。

 動画が終わる。イヤフォンを受け取り、二つともケースに戻す。

「……これは……」

 問題点は、確かにあった。

 まず、前半と後半でターゲットが絞りきれていない。前半は女子向け、後半は男性向けになっている。

 映像の質は全体的に低い。Vlogならもっと画質が求められるはずだし、BGMのチョイスもいまいちだし、楽しみどころが少ないトークも問題だ。

 しかし、『みあ』には確かに華がある。

 女子高生としての自分をここまで出せるのなら、男性ターゲットに絞ればもっと再生数が周りそうだし、フォロワーも簡単に増えそうだ。

 星影が自分のアカウントに疑問を覚えて、テコ入れを行おうとするのも当然だった。

 星影のチャンネルにすでに60本の動画があったのに対し、みあのチャンネルの投稿は、今回のでわずか7本目だ。フォロワー数も明らかに増えていて、現在107人。正午に投稿されたこの一本で8人も登録者が増えている。

 星影が俺を見上げてきた。長い前髪の隙間から、不安そうな瞳がこちらを覗いている。

「結構、やばいな」

「で、ですよね……」

 ずううううんと肩を落とし、落ち込んでしまった。

「……とりあえず、図書館を案内する動画の台本はあるか?」

「は、はい」

 星影がスマホを操作し、ドキュメントを開いた。サッと内容を一読する。星影らしい、真面目な台本だった。

 そこから俺たちは、一緒に動画の内容についてあれやこれやと議論を重ねた。ここまで星影に割く余力が、自分にあるのかはわからない。

 それでも、久しぶりにできた友達に、何かせずにはいられなかった。自分に、何かできることがあるのが嬉しかった。

 ひとしきり議論を交わし、動画の撮影にも協力(主に喋り方のレクチャーだ)していると、時刻はすっかり遅くなってしまった。

「……もう、こんな時間か」

「お、お腹空きましたね……」

「そうだな。飯でも食いにいくか。もう、レストランは行った?」

「い、一緒にですか⁉︎ レクリエーションエリア自体、行くの初めてです」

 弾むような声で、嬉しそうにそう言った。

 図書館から外に出ると、不思議と開放的な気持ちになった。閉塞感のない良い施設だが、動画撮影の舞台ということもあって、知らず知らずのうちに気を張っていたのだろう。

 隣を歩く星影も、どこかスキップするような足取りで、楽しそうだった。一歩踏み出すたびに前髪も弾んで、揺れている。

「わ、私、結構、門限とか、厳しい家だったので、友達とご飯いくの、初めてなんです!」

「そうなのか?」

「ま、まあ友達自体、そんなに多くないんですけど……」

 大丈夫。俺はゼロだったぞ。

「ふふ。男の子と二人でご飯いくだなんていったら、お父さんぶったまげるだろうなぁ」

 少し寂しそうな表情で、星影がそう言った。ホームシックというやつだろうか。良好な関係であることが伺えて、ちょっと羨ましくなる。

「……そういえば、なんですけど」

「ん?」

「な、中道くんは、なんでこんなに、私を助けてくれるんですか……? 自分だって、試験があるのに」

「ああ、それは……」

 問われて、自分の中にある気持ちの言語化を試みる。

 やりがい。罪悪感。言いづらい上に、本質的ではない気がした。

 ここであまり曖昧なことを言っても、星影を不安にさせてしまうだろう。

「幼馴染のことがあったから、かな」

 だから、真っ先に思い当たったことを、素直にそのまま言葉にした。

「幼馴染、ですか」

「昔、いたんだよ。仲の良い幼馴染が。俺はその子と、かくれんぼをするのが好きだった。その子の家は……なんというか、貧乏で。……両親が離婚して、母子家庭になって。俺はいつも、何かしてあげたい、何かしてあげなくちゃって思っていた。

 でも、無力で。何もできないまま、その子は結局、親戚の家に引き取られた」

 時々、その子の事を思い返していたが、言葉にしたのは初めてだった。

 過去の記憶に、意識が引きずられる。

 遊んでいる最中は、いつもひまわりのような笑顔だった。夜になって、その子の母親が帰ってくると、幼馴染はいつも泣き出しそうな顔で母と手を繋いだ。

 けれどある日、その子は最初から泣き出しそうな顔で、

「引っ越すの」

 と言った。

 俺は、その子に何かしてあげたかった。その手を引いて、一緒に逃げ出すことすら考えた。しかし、自力で生きる術を持たない小学生の俺には、結局、何もできなかった。

 彼女が涙をこぼすその様を、眺めていることしかできなかった。

 そんな自分が悔しくて、彼女を取り巻く環境を変えられない怒りが、小さな体から湧き上がっていた。

「それは……仕方、ないですよ」

 思いやるように星影がいう。でも、そうは思えなかった。

 打ち明けることは出来ないけれど、その子の家が貧乏なのは、俺の父親が原因だったから。思えば、あの頃も、罪悪感を抱えていた。

「その子が、なんとなく星影に似ているから。俺がお前を手伝う理由の一つだ」

「わ、私に?」

 うなづく。

 あの子も、前髪を長く伸ばしていた。手入れに構う余裕がなかったのもあるし、生傷の絶えない子だったから、それを隠す意味もあったのだろう。星影と違って、黒い髪に艶もあまりなかった。

 かくれんぼでも、そうじゃなくても、いつも隅の方で丸くなって震えていて。でも、話すととても気さくで、楽しくて。

 彼女は今頃どこで、何をしているのだろう。

 親戚の家に引き取られたあと、肩身の狭い思いをしていないだろうか。母親とは、会えているだろうか。友達が出来ただろうか。少しでも、生活が良くなっているようにと、願うことしかできない自分が歯痒かった。

 その後、暗い雰囲気を払拭すべく、いつもよりハイテンションに振る舞った。実際、初めて行く学園内のレクリエーションエリアは楽しく、レストランは想像以上の数があった。

 迷った末に入ったイタリアンの店はあたりで、値段の割に量が充実しているのに、味は本格的だった。

 会計時に、これまでのお礼にポイントを払うと星影が言い出し、一悶着があった。男の意地を持ち出し、なんとか割り勘に持ち込んだ。

「うう、な、なんだか私、一方的に助けてもらってばかりです……」

「そんなことないぞ」

 実際、星影がいなければ、こんなに楽しい気分で食事をすることもなかっただろう。高校でも絶対、ボッチを継続していたはずだ。

 いや、佐々木鈴蘭がいたか。いやでも、友達になると言いはしたが、まだ友達らしいことはしていないしな……。

 女子寮と男子寮の分かれ道で手を振った。

 一人になった俺は、早速スマートフォンを取り出す。星影のコンテンツ作成がひと段落した頃から、気になって仕方がなかったのだ。

「お!」

 ダッシュボードには、1K+、つまり、1000回以上再生されたという表示があった。新規作成のアカウントとしては、優秀な数字だ。

 いいねも11件。コメントは3件もついている。

『1コメ。共感でむせそう』

『やれたらやる。絶対やらないやつ』

『寝癖ひどすぎwwww とりあえず髪直せ』

 思わず、小さくガッツポーズをしてしまう。コメントをもらった箇所は、ツッコミどころを意識して作ったもので、どれも俺の狙い通りのものだった。

 これだけエンゲージメント率が高く、追加で動画も投稿していくのだから、この一本目の動画はこれからも伸びるに違いない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2025年12月30日 22:00
2025年12月31日 22:00
2026年1月1日 22:00

#SNS学園 教祖の子、インフルエンサーになる 愛良絵馬 @usagi02

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画