第9話・浮き足立つ気持ち

 高校生活が始まって2日目。地元から離れた影響か、特殊な学校ゆえか、二人も友達ができてしまったが、多少の脚色は許されるだろう。

 友達という単語ににやつきつつ、完成した動画を繰り返し再生する。

 アカウント名は絶望ボッチ高校生。現在進行形のように放送していくが、小学校、中学校の実体験をもとにコンテンツを作成していくつもりだ。

 淡々としたナレーション。何となく聞いてしまうBGM。適切な効果音に、厳選した動画素材や画像素材を組み合わせた。

 この動画のメインターゲットは、学生だ。ボッチという共感しやすいテーマと、コメントしやすいツッコミどころを用意した。ハマれば、きっと拡散されるはず。

 時刻は15時。よく言われる動画投稿のゴールデンタイムは19時以降だが、ターゲットを考えれば悪くない時間だろう。ゴールデンタイムに合わせるということは、視聴者も多いが投稿者も多い。投稿動画の荒波に、自身の動画が飲み込まれ、埋もれてしまうことも考えられる。

 ゴールデンタイムを避ける選択は、戦略として悪くない。

 ボッチは部活動に所属することも少ないし、この時間には下校しているはず。

 そんな理屈をこねながらも、一方で、早く完成した動画を出したくてうずうずしている自分もしっかりと自覚していた。

 作品を作るとき。そして、その作品を世に問うとき。緊張と期待の入り混じったこの感覚は、何にも代え難い時間だ。

「よし」

 タイトルや概要欄も練りに練り、ようやく投稿ボタンを押した。この瞬間、インターネットを通じて俺の動画は、世界中へと発信される。

 もちろん、世界中の人間が見てくれるわけではないが、理屈上は、世界中の人間が見ることが可能なのだ。

 自分の知らない誰かと確かに繋がっているような感覚は、どうしようもないほどワクワクする。

 前のアカウントでも、この感覚だけは好きだった。もっとも、ほとんどの動画は父親の手が入り、最悪の広報動画となっていたけれど……。

 自分が今までやってきた活動を思い出し、憂鬱な気分になる。


 いや、ダメだ、忘れろ。


 これからは、もっと人のためになる、人の役に立つコンテンツを発信することができるんだ。

 過去の自分に対する、救いのような動画を作るんだ。

 結局、その想いこそが、小手先のテクニックよりもはるかに動画を拡散させる原動力になるのだから……。

 目の前のダッシュボードに集中する。

「うお」

 すでに100回再生が回っていた。いいねも3つ。かなり良いエンゲージメント率だ。

 エンゲージメント率は、近年のSNSで重要視されている指標の一つで、コンテンツに対するユーザーの反応率をまとめた言葉だ。

 いいねや共有、コメント、保存などが反応であり、どの指標を重要視するのかといったアルゴリズムは、時々プラットフォーム側で変化する。

「……いかん、このままだと更新ボタンを押すだけで何時間も過ごしてしまう……」

 投稿者あるあるだと思うが、再生回数やいいね、コメントなどが増えていないか、ついうっかり頻繁に確認してしまうのだ。しかし、これは自分ではどうしようもない出来事なので、めちゃくちゃ生産性が低い活動である。

 そんなことをしている暇があるのなら、次の企画や台本を考えたりするべきなのだが。

「そわそわして手につきそうにないな……。星影の様子でも見てみるか」

 アカウントを確認するが、最新動画がアップロードされている様子はなかった。

 メッセージ画面を開き、こちらの投稿が終わったから手伝いたい旨を申し出ると、すぐにお願いします! とスタンプが返ってきた。

 どうやら、今は学園の図書館にいるらしい。

 昨夜、クリエイティブ&イノベーションエリアを訪れたとき、遠目に見えた図書館の存在に気づいていた。

 ボッチのたしなみとして、俺は文庫本を常に持ち歩いている。読書してますが何か? とアピールする為だ。

 読書は基本、本と自分だけで完結する趣味だし、本を読んでいると声をかけづらいので都合がいいのだ。

 図書室もまた、ボッチ御用達の施設なので、気に掛かっていた場所だった。

「こっちの動画撮影の参考にもなるかもな」

 荷物を整えて、早速、未来創造インフルエンス学園の図書館こと、メディアライブラリーへと向かう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る