第6話・唯一無二
「真夜中道くん」
「はい」
「競争相手が見つからない、と」
「…………はい」
時刻は19時。校内からはとっくに生徒の姿が消えて、新しい生活の基盤となる学生寮や、コンビニ、定食屋などに消えていった。
座り心地が良さそうなPCチェアにゆったりと腰掛けている南野瑠璃も、片手でサンドウィッチをつまんでいた。生徒の前で食べるなよ、と言いたいが、情けない告白の後なので提言する気にもなれない。
「なんで見つからないのかなぁ〜〜? ちゃんと自分から声をかけました?」
心底面倒そうな顔で、ハムレタスサンドをかじる。見るからにコンビニ製のサンドイッチは、お口に合わないらしく、食べているというより摂取しているというような感じで、怠惰に口を動かしていた。
「ええ、かけました」
しかし、佐々木鈴蘭の影響は思ったよりも大きかった。
最初に声をかけに行ったCクラスにも、しっかり「やばい奴」との噂が広がっており、誰も俺と組もうとはしてくれなかった。
次々VS交渉を断られる様子は、次に誘った人物にも影響を与える。リスク回避志向が強い、日本人らしい行動だ。
結局競争相手が見つからないまま、一度Dクラスに戻り交渉を続けるも、結果は撃沈。Cクラスよりも激しくお断りの言葉をいただき、泣く泣くBクラス、Aクラスにも顔を出してみたが、この頃になると競争相手が確定した人物も多く、生徒はまばらで、交渉の余地すら殆どなかった。結果、誰も組んでくれなかったというわけだ。
情けなさすぎる。
「ふうん。まあ、それで意地を張らずに先生に相談しにくるところは評価しないでもないですけど、高校は義務教育じゃないですからね。自己責任ですよ、自己責任」
手を伸ばし、プラスチックの袋からたまごサンドを取り出す。
「……あの、まだVS組んでない相手の情報とかはもらえません?」
「だめです」
一縷の望みをかけて職員室を訪れたが、どうやら得られるものはなさそうだった。こうなったら、ここからは時間との勝負だ。なるべく生徒が多そうなところを回って、一人一人声をかけていくしかない。
時間も選べる相手も限られているとなれば、まだ決まっていない生徒は焦って、俺と組んでくれる確率は上がっているはずだ。
「ぐぅ」
南野瑠璃が、どこか拗ねたような声を出して、たまごサンドの包みをちぎった。
「まだ終わったわけじゃない……って顔ですね。つまんないの」
「生徒をエンタメにしないでください」
「ギガチューバーは人を楽しませてなんぼでしょ?」
「今の感じは『笑わせる』のと『笑われる』くらいの圧倒的な差がありました」
「ふうん、なかなかうまいことをいうね〜〜」
大きな一口で、たまごサンドが半分近く消えた。そのままもぐもぐと咀嚼を続けながら、
「ま、そういう感じなら情報、一つくらい教えてあげても良いかな?」
「マジですか⁉︎」
「マジだよ」
いざとなれば、学園中を走り回る覚悟があったものの、夜が更けていけば可能性はどんどんと狭まっていく。職員室に来た甲斐があった。神様女神様南野様である。
優しい人はイケメンに見えるという心理効果があるらしいが、目の前の先生も、なんだか昔みたいに美しく思えてきた。
「
「…………え?」
「名前だよ。同じクラスだから知ってるでしょ? 彼、まだ相手決まってないから、頼んでみたら?」
「知ってるでしょって言われても、今日初日で、自己紹介もないままだったので……写真とかあります?」
「同じクラスだから知ってるはずだよ。金髪で薔薇の花を咥えてる子」
「……知ってました」
……って! よりによってあいつかよ! 絶対やばい奴じゃん!
見ると、南野瑠璃は俺の顔をみて、にやにやと嫌らしい笑みを浮かべていた。そして、美味しそうにたまごサンドを齧っている。人の不幸で飯を食ってる奴、リアルで初めて見たぞ……。
「ちょうどさっきクリエイティブスタジオは使えるのかって聞きに来たから、クリエイティブ&イノベーションエリアにいるんじゃない? 目立つ子だし、急いで探しに行きなよ」
「………………」
「ほらほら、あてはないんでしょ?」
……まじでこの先生、人間不信製造機だな……。
不服さを隠さないで立ち上がると、ますます嬉しそうな笑みを浮かべる。まるでアイドルのように手を振ってきた。くっそぉ……。
残念ながら、他に当てがない以上、向かってみるしかないだろう。話してみたら、案外まともな奴かもしれないし……。
「いってらっしゃ〜〜い♡」
しかし、楽しげな様子の先生を思うと、期待しないほうがいいな、それは。
校舎から外に出ると、澄んだ空気の夜だった。なんだか心地よいな、と思って空を見上げると、今まで見たこともないほどの星空が広がっていた。
「そっか、山の上だったな、ここは」
少しリフレッシュした気分で、クリエイティブ&イノベーションエリアへと向かう。
時間制限があるため、早歩きでエリアを突き抜けて、クリエイティブスタジオへ。
まもなく、ガラスと鋼鉄で構成されたモダンな建築物が見えてきた。入学パンフレットで外観は知っていたが、夜に見ると雰囲気が全然違う。
写真では太陽の光が差し込み、キラキラと輝くように見えていたスタジオは、今や、無数のLEDライトで照らされて、まるで星空の真下にいるかのような輝きだ。
どっちみちめちゃくちゃ明るい。
ちなみに、この学園は22時30分まで利用可能だ。23時には必ず自室に帰るようにとの校則のためだろう。もっとも、この門限すらも、トップギガチューバーであると認められ、ギガチューブ撮影に関係したものであるならば、申請すればどうにかなってしまうらしい。
とある有名ギガチューバーが、学園お泊まり会生配信をして、めちゃくちゃバズったのは記憶に新しい出来事である。
そんなどうでもいいことを思い出し、現実を忘れようとする浅はかな自分を奮い立たせ、セキュリティにスマホをかざして入館する。
さて、ここにいると言っていたが、クリエイティブスタジオは結構広い。個別スタジオブースも何十部屋とあるし、動画編集やレコーディングルームなど用途も様々だ。
一体、独尊時唯我は何を求めてここに来たのか。それもわからないのだから、端からどんどんと探していくしか——
「………………いた」
入館するとすぐに目に入るのは、大規模なホールで、その空間はイベント会場としても利用される。大きなダイヤモンドをモチーフにした豪華な背景は、学園に所属するトップギガチューバーたちが動画撮影に使うことで知られている。
メインステージは一段と高く設けられており、そこにブーメランパンツを身につけた男が立っていて、めちゃくちゃマッスルポーズをとっていた。もちろん、撮影機材でも撮っている。
「ふん! ふん!」
声を出し、次々とポーズを変えていく。足元には無数の薔薇の花びらと、薔薇の花束が落ちていた。……あれも口に咥えるのかな……。
近づきたくないが、徐々にメインステージへと近づいていく。しかし、撮影の邪魔をするのもはばかられて、遠巻きにストップ。明らかに視界に入っている位置ではあるのだが、独尊寺唯我はまったくこちらに気づかない。凄まじい集中力だった。
そのまましばらく、暗闇でマッスルポーズをとる男の撮影風景を眺めていたが。
何を見せられているんだ、俺は。
その気持ちが、急速に膨らんできた。
ブーメランパンツのみを身につけた独尊寺唯我の鍛え上げられた肉体は、一部のマニアには垂涎ものだろう。しかし、男の筋肉を見て喜ぶ趣味は、俺にはない。競争相手を見つける時間制限も、刻々と迫っている。……もう帰っていいかな。帰っていいよね。
焦りと無気力感が混ざり、そんな心境になった時だった。
「ふん! ……まあ、暗闇ロケーションはこんな所だろうな。次はメインステージをブライトして…………ん?」
会いたくなかったけど、目が合った。
撮影の最中に、一方的に押しかけている形なので、一応、すまなそうに片手を挙げてみる。すると、暗闇の中でも光り輝く真っ白な歯で、にんまりと笑いかけられた。
意外にも迷惑そうな様子はなく、どこか親しげな調子で近づいてくる。
「やあやあやあ。公開撮影の告知は行っていなかったんだけどねぇ。よく来てくれた。サインは断っているんだけれど、代わりに握手はどうだい」
まるでハリウッドスターのような調子で、堂々と右手を出してきた。握手するのが当たり前という雰囲気に流されて、ついうっかり右手を差し出してしまう。がっしりとした手で、力強さを感じる握手だった。
手が離れて、俺はようやく我に返り、
「いや、サインを求めた覚えはないし、俺は君のファンじゃない。真夜中道。今日入学した、同じクラスの同級生だ」
「おいおいおい、いくらスペシェァルなボクの友達になりたいからって、同級生イコール学友という扱いはやめてくれたまえ。ファンはファン。ボクはきちんとした線引きをもって接したいんでね」
「だから、ファンじゃねぇって……」
「生憎友達は作らない主義でね。これもボクの生まれや能力の格に見合う存在がいないことが原因なんだ。君が悪いわけじゃない。君以外の全ても、ボクの友達にはなり得ないのさ。しかし、幸いボクはファンを大事にする。ファンは愛すべき存在だよ、ミスター。ソールローゼスの一員として、君を愛しているとも」
「………………ツッコミどころが多すぎてどうしたらいいかわからないんだが、混乱するから一つに絞ろう。ソールローゼスってなんだ?」
「『唯一無二の薔薇』という意味さ。その意味の通り、ファンは一人一人、ボクにとって特別な存在なのだから」
どうやら、独尊寺唯我が考えた、自分のファンを意味する呼称らしい。大スターかよ。
「だから、ファンじゃないし、友達だと主張したいわけでもないんだって! 南野先生から、独尊寺の競争相手が決まっていないと聞いて、組まないかと思ってやってきたんだ!」
めんどくさくなって、さっさと要件を切り出してしまった。ここでうだうだと悩むことが一番の時間のロスだ。どうせ、切り出したところで向こうがどう返答するかわからないわけだし——
「ふむ。ボクの相手は誰でも構わない。ゆえに、君で問題ないとも、ミスター」
「は?」
即答で返ってきた好意的な反応に、思わず呆けた声が出てしまう。
いままで散々、Cクラス、Dクラス、Bクラス、Aクラスと様々な生徒達に断られ続けてきたから、驚いた。
みゅげに目をかけられているから、フォロワー0が逆に怖い、組むメリットが見当たらない、組めたら組む、と散々な言われようだったのに。
「競争相手の申請は委任状があれば構わないらしいから、君一人でやっておいてくれたまえ」
そう言って、独尊寺唯我は薔薇の花束を拾い上げると、中から1通の手紙を取り出した。上等な封筒で、中の紙を取り出し開くと、『この者とVSを組むこととする。 独尊寺唯我』と達筆でつづられていた。
「では、ボクはオープニング撮影の続きがあるので、失礼」
できるコンサルのような調子で手を挙げて、その場を離れ、再びメインステージに向かって歩いていく。彼がステージ脇のコントロールパネルを操作すると、パッと辺りが明るくなった。
暗闇からのギャップで、思わず目をふせる。こちらのことなどお構いなしの行動だ。
だんだんと慣れてきたので目を見開き視線を上げると、独尊寺はすでに、撮影の続きに戻っていた。明るい照明の下で見るブーメランパンツ姿のマッチョポーズの衝撃は凄まじく、目の毒だ。
「…………帰ろう」
競争相手が決まってほっとする気持ちと、アレが俺の相手か……という徒労感が合わさって、どっと疲れが出てきた。
早歩きでスタジオを出て、クリエイティブスタジオを抜け、委任状を片手に職員室へと向かう。
「……あの先生、全て知ってたな」
委任状の件を教えたのは、南野瑠璃で間違いないだろう。会いに行きさえすれば、VSを組めるのを知っていたはずだ。
テヘッと、まるでアイドルのように舌を出しウインクする中年女性を思い浮かべてしまい、首を左右に激しく振った。
「独尊寺唯我、か」
スマホを開き、クラス分けの掲示の写真を開く。彼のフォロワーは0だった。
ギガチューブで名前を検索しても、ヒットはゼロ。本名以外のアカウント名を使用している可能性もあるが、なんとなく、やるのなら本名でやってしまうタイプのように思えた。
おまけにさっきは、オープニングムービーを撮影していると言っていたし。
アカウント開設もしていないのに、ファンが撮影見学に来たと勘違いできる自尊心は狂気的だが……。
「まあ、悪い相手じゃないのかもしれないな」
口に出し、そう思い込むことにした。
なにしろ、Dクラス同士の対決では、必ずどちらかは退学になるのだ。
一度、御しやすそうだと星影にVSを持ちかけたが、善人そうな彼女を押しのけて勝ち上がるのは気が引ける。
友達になった今なら尚更だ。VSを組まなくて本当に良かったと心から思う。
その点、独尊寺唯我は、実力は測りきれなくとも、退学させるのに気が引ける相手ではなかった。
そう言う意味で、戦いやすく、悪い相手ではない。
「……そうだな、いざとなれば……」
スッと、感情が凍り、目を細める。視界が濁る。
月と、星に照らされた夜道を歩きながら、俺は勝利へと続くはずの方程式を組み立てる。
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