第7話・マウンティング

 小悪魔レベルを通り越して悪魔、デスゲームの主催者感のある我らが南野瑠璃担任先生による競争相手申請の受理を終え、くたくたになった俺は、ベッドへと倒れ込んだ。

 入学後、ようやくやって来れた、夢にまで見た学生寮の自室である。

「……ふ、ふかふかだぁ」

 噂によるとこのベッドは、卒業生の有名インフルエンサーが、在学中に企業とのコラボ案件で無償提供されたマットレスなのだという。

 企業からしてみれば、インフルエンサーに動画内でマットレスを紹介してもらえる上に、未来ある学生に無償提供することで社会貢献アピールもできて、一石二鳥の広報活動なのだろう。

 他にも、この部屋の至る所にスポンサー提供の品々がある。その為、一般的な学生寮よりもグレードの高さが随所で実感できる。

 高さ調節可能で、スタンディングテーブルとしても使える学習机に、有名メーカーの人体構造に合わせた椅子。スマホアプリで色調節可能な電球に、ノイズキャンセリングのヘッドフォン。他にも、高速wifiルーターや、複数種類の基礎化粧品、リンス・シャンプーなどもあり、至れり尽くせりな環境だ。

 もちろん、自室でのギガチューブ撮影も許可されていて、防音に優れた壁と床になっているし、照明や撮影スペースにぴったりのソファコーナーまである。

 もはや、ちょっとした高級ホテルの一室だ。

「最高……。最高の学校を選んだわ……」

 しみじみ呟く。中学生という立場で、貯金もない中、どうしても実家を出て独り立ちがしたかった。しかも、親から干渉されない環境で。

 やばい学園なのは間違いないが、欲しいものが全てある場所でもある。

「あ、そうだ」

 疲れすぎているから、さっさとシャワーでも浴びて、今日は眠ろう。そんな考えを脇に置き、スマホを取り出す。タッチするアプリはギガチューブだ。

 DM欄から星影のアイコンをタッチして、秘密の図書室のトップページへ飛ぶ。

「……ちゃんと、確認しておかないとな」

 約束をしたから、というのももちろんあるが、友達になる前とはいえ、VSを組もうと誘った罪悪感もあった。

 眠気まなこを擦り、視界を覚醒させる。横に転がった姿勢のまま楽しめるのは、ギガチューブの良いところだ。

 動画一覧をスクロール。投稿数は60本。中学3年生の春から始まっているから、学業のかたわら、大したものだろう。どうやら、星影が運営している秘密の図書室は、女子高生が本を紹介するというコンセプトらしい。一本は大体1〜3分程度で、ショート動画だ。狙いは悪くない。

 初期の頃と比べると、サムネイルは格段に進化している。

 最初は、白い背景にMSゴシックで本のタイトルと紹介! という文字が書いてあるだけだったが、最新動画では、本の表紙画像を透かして背景にして、本のタイトル、そして星影の後ろ姿の写真がおしゃれに配置されている。

 とりあえず最新動画をチェックしようと、耳にワイヤレスイヤフォンを入れて、音量を調整。動画の再生を開始する。

「………………あれ?」

 音声が聞こえてこない。始まっていないのかな? 

 画面には、本の紹介内容をまとめたホワイトボードが写っている。星影の姿はなく、今動画が進んでいるのかも分からない。

 動画が動いているか再確認。音声が明らかに出てくる箇所まで移動する。そして、調整したはずの音量を再度調整して——

『……でっす!』

 聞こえた。小さく。さらに音量を上げていく。

『から、奪還までの流れが、っほ、ほ、ほ、ほ、ほ、ほんとうに素晴らしくて! だから、み、皆さんにもぜひ読んでいただきたいです! あ、あとえっと、わ、わ、忘れてました。キャラクターやストーリーももちろんなんですけど、せ、設定もすごくよくて。ここもぜひ、か、考えながら読み進めていっていただければと思います!』

 動画が終わり、ギガチューブがおすすめする次の動画が流れはじめた。

「うッ!」

 慌てて停止ボタンをタッチする。星影の動画との音声量のギャップに、耳が大音量でやられてしまった。

「60本作って、これか……」

 念の為、遡って最初の動画をチェックする。そこには、先ほどの動画よりもはるかに喋りなれていない星影がいた。どもるし、つまるし、緊張のためか声がブルブルと震えている。

「…………成長は、しているんだな……」

 聞こえないと思っていた音量も、初期に比べれば出ている方だった。

 動画のチェックを終えて、スマホを閉じる。いい加減、眠る準備をしよう。

 フォロワー獲得1WeekVSは、明日から動画投稿が始まる。新しいアカウントのコンセプトや一発目の内容は決まっているが、時間が豊富にあるとはいえない。だからこそ、しっかりと眠ることは大切だ。

 人間は、何よりも睡眠が大事で、これが1日のパフォーマンスを決めるのだから。


   *


 23時から5時までは申請がない限り自室にいることが規則になっている。

 そして、朝8時30分にはホームルームがあり、その後授業があれば9時から始まるはずなのだが。

「おはよ〜ございま〜す。昨日説明した通り、今日から前々期試験です。Dクラス全員、競争相手が見つかったようで、先生は嬉しいです。退学処理がまとめて一回になりましたからね〜。

 試験中の授業は当然ありません。1日自由に、動画制作にあててください。本日分の動画は、23時59分までに動画投稿をしてください。投稿後に、まだアカウントを作成していなかった生徒は、アプリから申請してください。申請後、すぐに確認メールが飛びますから、メールが来なかった場合は職員室へ。クリエイティブスタジオなど、学園内の施設は開放していますのでご自由に。

 その他わからないことがあったら質問は職員室で受け付けています。

 が、先生も忙しいので、きちんと自分で調べたり行動したりして、どうしようもなかったら来てください。めんどくさいので。以上です」

 南野瑠璃はこうして教室から出ていった。

 びっくりの放置っぷりである。

「な、中道くん」

 どこかそわそわした様子で、星影紗雪が近づいてきた。

「そ、その、動画、見てくれたかな……?」

「あ、ああ……」

 うなづく。星影は、期待と不安が入り混じった目で、こちらをジッと見つめている。

 ……さて、どうしたものか。いや、退学がかかった勝負にアドバイスをすると決めた以上、ここは心を鬼にしなければならない。

「その、コンセプトは悪くないと思う。けど……」

「け、けど?」

「しゃべりが酷いな」

 はっきりと言った。

 星影紗雪は、その言葉にあからさまに心を痛めたようで、涙が溢れ出しそうなほど瞳がうるうると潤み始めた。

 自分が一生懸命作ったものを、否定されるのって辛いよな。わかる。けれど、鬼だ。俺は鬼だ。

「しゃべりが酷いの前に、そもそも音声の調整がまともにされていないんだが」

「えぇ⁉︎」

「…………もしかしなくても、アップロードした動画確認してない?」

「……………………と、投稿前には、一度完成系を確認しています……」

「視聴者はギガチューブ上に上がっているのを見るんだから、確認しなきゃダメ」

「はうっ、す、すみません……」

 ずぅぅんと落ち込んだ様子だった。

「じ、自分が喋っている様子って、あ、あんまり見たくなくて……」

「うん、そんなとこだろうとは思ったよ。明らかに、しゃべりなれてないもんな」

「……は、はい。私、その、ふ、普通にお話するのも苦手でして……」

 見ていればわかるよ、とは流石にいえなかった。

「喋るのが苦手でも、動画としては平気になることもある」

「え?」

「見たところ、ほとんど音声の修正をしないで、一発撮りしてるだろ?」

「い、いえ。一度じゃうまく喋れないので、何度も読んでます」

「……台本を用意して、最初から最後まで喋る感じ?」

「は、はい! そ、それで、一番うまく喋れたなと思うやつにしています」

「それが一発撮りなんだが……」

「えぇ⁉︎」

「通常は、編集して、余計な部分をカットするんだ。それに、何本も撮影しているなら、うまく言えなかった部分をうまく言えている音声もあるだろ? それに差し替えて繋ぎ合わせたり。そうやって修正して、音声を整えていくのが普通だな」

「な、なるほど……!」

 メモ帳を取り出し、熱心にメモをとり始めた。……やる気はあるんだよな……。

「あとはシンプルに、ホワイトボードじゃなくて、星影自身が出たほうがいいと思う」

「え……? 私、ですか?」

 長い前髪の隙間から、伺うように不安そうな瞳がのぞいている。

「うん。女子高生が本を紹介するっていうコンセプトは悪くないのに、結局その女子高生が写っているのは後ろ姿の写真だけだろ。普通に動画に出れば、人気出ると思うぞ。

 ファンがつくのは、結局はその人自身だから、ホワイトボードより、運営者が出た方が断然いい」

「い、いやいやいやいや、無理ですよ……!」

 ぶんぶんぶんと勢いよく頭を振られ、おさげの三つ編みもつられて揺れた。

「どうして? 顔出しはしたくないのか?」

「そ、それもありますけど……。わ、私、そんなにか、可愛くないじゃないですか……。だから、動画に出ても人気は出ないだろうし……。ぶ、ぶすって、悪口言われるに決まってます」

「そんなことないと思うが」

 え? という様子で、星影が顔をあげる。艶やかな紺色の髪に、前髪で隠れている瞳。スタイルは可もなく不可もなく。少し痩せているくらいだ。これなら十分、女子高生の制服を着ていればネットで人気が出る。

「星影は可愛いよ」

 勇気づけるためにそう告げると、ボッと、赤くなり、俯いた。前髪で完全に瞳が見えないが、照れているのは明らかだ。

「そ、そ、そ、そ、そうかな?」

「そうだよ、間違いない」

「えへ、えへへへへ。じゃ、じゃあ、学校ここでやめたくないし、が、頑張ろうかな?」

 にやにやと笑う星影を、微笑ましく眺めている時だった。視線を感じ、視線を向けると、Dクラスの扉の影から、佐々木鈴蘭が顔を出していた。

 まるで、般若のような表情だった。思わず、後ずさる。背中に椅子が当たった。

 お互いの視線が交わった瞬間、般若の仮面は落ち、パッとひまわりのような笑顔が咲いた。その切り替え、怖すぎるんですけど。

「お、おはよう、佐々木さん……?」

「うん! おはよう、中道くん」

 いつの間にかこちらのテーブルへ近づいてきて、星影の隣に並んだ佐々木鈴蘭に声をかける。

 星影は、突然現れたトップインフルエンサーの存在に、わたわた動揺していた。そんな星影紗雪に対し、鈴蘭はにっこりと笑いかける。

「えっと、中道くんの『お友達』かな? あたし、佐々木鈴蘭、みゅげってアカウ「し、し、し、知ってます! は、初めまして! 中道くんの友達の、ほ、星影紗雪です」」

 同級生相手とは思えないくらい、深々と頭を下げる星影。やっぱり、友達という響きはいいな。こそばゆい。

 そんな星影を、どこか値踏みするような様子で見つめる佐々木鈴蘭。

 これは……。

 ま、まさか自分を知らなかった腹いせに競争相手を組みにくくするだけでなく、友達にまで圧力をかけようと……⁉︎

 疑いすぎだとストップをかけたくなる気持ちもあるが、トップインフルエンサーにまで上り詰めている女子高生だ。

 当然、一筋縄で行かない性格に決まっている。

 何かで大きく成功する人間というのは、どこかストッパーが外れていることも多々あるのだから。

「ふうん。友達、なんだ」

「お、おう。まあ、一応な……っで、何か用かな、佐々木さん」

「佐々木さん……」

 再び悲しげな様子で自分の名前を繰り返す。けれど、その悲哀の表情は一瞬で、意を決した表情で俺を見つめてきた。

「あのさ。鈴蘭って、呼んでくれないかな?」

「は?」

「あたしもまた友達になりたいの。……ダメ、かな?」

「い、や。ダメじゃないけど……」

 なんだ? いったい、何を企んでいる? 何のメリットがあるんだ? 脳内で急速に疑問が膨らんでいくが。

「本当に⁉︎ やった! あとからダメって言っても、ダメだからね?」

 心底嬉しそうな様子で、飛び跳ねて喜ぶ佐々木鈴蘭の様子に、そんなことはどうでもよくなってしまった。可愛い。

 そんな俺たちのやりとりを、横目で伺っていた星影が、

「……やっぱ、本当に可愛い人は違うな」

 とボソリと言った。まずい! どよよよんと、落ち込み始めた空気が漂ってきている。

「いや、星影も可愛いぞ! その、佐々木と同じくらい可愛い!」

「ぜったい嘘だよ……。だ、だって、佐々木さんを見る目、違ったもん。『あ、可愛い』って感じだったもん……」

「そんなことない! 星影は可愛い! 佐々木より可愛い!」

 せっかく動画出演に乗り気そうな流れだったのに、これはやばい。俺は無理にでもテンションをあげようと、少々大袈裟にそう言ったのだが……

「…………あたしのほうが可愛いもん」

 佐々木鈴蘭がぼそりと言った。

 ピキッと時が凍りつく。

 言った鈴蘭も、しまったと思ったのか、バツの悪い表情を浮かべて、「ご、ごめんね」と口にした。

 星影も、佐々木も可愛い。それは本当だ。

 しかし、公平なアンケートを取れば佐々木のほうが可愛いと答える人が大半だろう。

 それは、彼女の努力と才能の力であり、容姿が良いというのは、ギガチューブの世界で圧倒的な力になる。

「いや、今のは俺が悪かった。誰かと比べるものじゃない」

 素直に頭を下げたが、頭を下げればすむ問題なのかも疑問だった。

 ルッキズムという言葉がある。

 これは外見による差別を指す言葉で、特にネット世界では容姿が容易に比較され、美人やイケメンが経済的利益を得やすいとされる。実際に、容姿による収入格差は生涯で2700万円にもなるという研究も存在する。

 美人やイケメンが得をすることは当たり前の世の中だが、それは表立っていってはいけないことなのだ。

 おかしな空気になりかかったところを、

「う、うん! さ、佐々木さんの方が可愛いよね!」

 星影が、にこりと笑って肯定した。ぽかんと、佐々木鈴蘭は彼女を見つめた。

「ね、ねえ、美容とかメイクとか、ど、どんなことしてるのかな? わ、私、今まで興味なくて……。で、でも、動画に出るなら、べ、勉強しようかなって」

 佐々木鈴蘭は嬉しそうに、星影によくわからない単語を並べてよくわからない説明を始めた。

 どうやら、動画出演をしてくれそうで何よりだ。星影のおかげで、なんとか場の空気が良くなってきた。

 はずむ女子トークを遮り一声かけて、俺は自分の撮影へと向かうことにした。

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