第4話・渡りに船の申し出
「えっ……?」
「今の、嘘、ですよね…………?」
「そういうことかぁ、、、あ〜〜〜やだやだ」
突然の発表に、教室全体が不安と混乱の渦に巻き込まれ、さまざまなつぶやきで溢れ返っていた。
「クラスが半分って、どういうことだよ先公!!!」
最後にトドメ、とばかりに緑髪をリーゼントにした男が立ち上がり、机を叩いてそう言った。
Dクラスは一見普通そうな生徒が多いと思っていたんだが、変わった奴もいたんだな……。さっきの薔薇男と合わせて2人目だ。
そういえば、と思い前方の席を伺うと、薔薇男は我関せずといった様子で、微動だにしない後ろ姿を見せていた。
まだ薔薇を咥えて目を瞑っているのかもしれない。怖い。
「ちょっと〜〜、やめてよね。机壊れたら、申請とかめんどくさいんだからさぁ。今からきちんと説明するから、とりあえず静かにしてくれる? じゃないと、大きい声出さなきゃいけないし」
ふわぁぁぁと、この状況にあるまじき大欠伸を堂々と行って、再びチョークを手に持ち黒板へと向き合う。自分の名前をさらりと消して、その上にどでかく
『未来創造インフルエンス学園 前々期試験』
『フォロワー獲得1WeekVS』
『負けた場合のペナルティ
Aクラス Bクラス降格
Bクラス Cクラス降格
Cクラス Dクラス降格
Dクラス 退学』
「はいっ! というわけでぇ、楽しい楽しい前々期試験のお知らせです〜〜!」
「楽しい前々期試験って……クリスマスイブみたいに言われても……私たち、入学試験をしたばっかりですよ⁉︎」
どこかの誰かがそんな文句を言った。そう、俺たちは入学試験を受けたはずだ。しかし、先生が書いた目の前の文字と、試験の内容を考えると、一つの可能性が見えてくる。
すなわち——
「その入学試験さぁ、思ったより簡単だなぁって思わなかった? この学園、結構人気高なんだよ〜〜?」
東京郊外の山の上を切り開いて新設されたこの学園、未来創造インフルエンス学園は人気が高い高校だ。
偏差値こそ標準的だが、現代にマッチした高い専門性と、それを追求できる環境。そして、国のバックアップがあるからこそ、充実した環境を格安で受けれるという、夢のような高校だった。
だから自分も、ギガチューブの提出があると知った時は迷ってしまった。過去のアカウントをだすか、否か。
結局、過去は決して出さないという信念を貫いて、アカウントなしにチェックを入れた。それでも、学業成績や面接で乗り切れる自信もあった。
専門性に特化しているとはいえ、入ってくるのは所詮15歳の子どもなのだから。そう思っていたのだ。
しかし、Aクラスのトップはフォロワー10万人越えの、インフルエンサー。他にもちらほら、万越えアカウントの運営者がいた。
それらと比較して、Dクラスの生徒は……。
「まあぶっちゃけ、Dはね、補欠合格みたいなものなんですよ。会社で言うならポテンシャル採用、みたいな? だから、前々期試験に落ちたら退学。そんでもって……」
南野瑠璃の発言に、クラスの大部分が凍りついた。予想が的中した俺は、予想が的中した嬉しさを感じつつも、口内を悔しさで甘く噛んだ。
「退学したらお前らは中卒だ!」
言われてみたら当たり前だが、今まで意識をしていなかった事実に、凍りついていた教室が、さらに絶対零度にまで冷え込んでいく。
うわあああと叫び、頭を抱え、発狂しかかっている生徒も数名いた。なんだこのデスゲーム感。
「…………先生、さっきとキャラ変わっていませんか?」
ぼそっと、思わずつぶやいてしまった。耳ざといタイプらしく、パチリと、目が合ってしまう。
南野瑠璃は、にぃっと、小悪魔めいた微笑を浮かべた。その、どこか官能的な表情に、思わず、どきりとしてしまう。
「先生はねぇ〜〜、めんどくさいけど、これが楽しくて先生をやっているんだなぁ。
私より若い、未来に輝く若者たちが、目の色を変えて試験を受けて、絶望する。
それを安全地帯から眺めて、帰った後ビールを呑むのが、さいっこうに楽しいのよ♡」
くぷぷぷぷと、口を押さえて、先生にあるまじき発言をする。
「っぐ」
「あ、その顔いいかもぉ♡」
思わず顔を伏せてしまった。どうやら、一筋縄では行かないのは、担任教師も同じらしい。……っていうか、何⁉︎ 意味深な視線ほんとやめて! 怖いし! エロいし!
「こほん、失礼しました〜〜〜」
わざとらしく咳をしてから、ガリガリと黒髪を掻き上げる。どうやら、もとのやる気ゼロ先生路線に戻るらしい。
もうだいぶ手遅れのような気がするけど……。
「えーと、試験の説明をしますから、よぉく聞いてくださいね? 面倒なので、二度は説明しませんよ? 動画撮影は不可。ボイスレコーダーは可です」
その説明に、ほとんどのクラスメイトたちがスマホを取り出し、録音アプリをタッチする。もちろん俺もだ。
緑髪リーゼントも舌打ちしながらスマホを取り出していたが、薔薇男は相変わらず微動だにしていない。
「前々期試験では、『フォロワー獲得1WeekVS』に挑戦してもらいます。1対1の戦いになるので、競争相手を見つけてくださいね。
基本的に自分一人の力で動画を仕上げてもらいます。本日中に対戦相手を見つけて、担任に申請してくださいね。
学園側からこの相手と戦っているぞという通知を出させてもらいます。学園のSNSはなかなかの拡散力なので、それを踏まえて相手を選んでくださいね。
見つけられなかった場合は不戦敗となるので注意してください。イコール、即退学ですよ?
明日から一週間、動画をそれぞれ1日1本出してもらいます〜。合計7本ですね。この7本のアップロードは必須なので、忘れずに。1日の基準は0時0分から23時59分です。
最後の動画を出してから、翌日9時に結果発表です。開始時点と終了時点の純フォロワー数の増加で競います。
基準となるフォロワー数は、今朝の時点で取ってありますから、いまから慌ててフォロワーさんに解除をお願いしたりしちゃだめですよ〜〜。
インフルエンサーたるもの、フォローを増やしてフォロワーを稼ぐのも御法度です。フォロワー数からフォロー数を引いたものを、当学園では純フォロワーと定義していますからね?
あとは、ギガチューブのガイドラインに違反しないように願います……ってこれは、動画投稿者ならあたりまえですね。
それと、基本的にはクラス内で競争相手を見つけてもらうんですけど、他クラスの生徒と組んでもOKです。
Dクラスの生徒は、Bクラス以上の生徒と組めれば、その時点で試験は合格。CクラスはAクラス以上の生徒と組めれば、合格になり、退学や降格はなくなります」
ワッと、歓声のようなざわめきが広がった。
一週間動画を出し続けて、フォロワー数の増加を競い合うなんて、正直、精神的にも体力的にもかなり厳しい戦いになるだろう。だが、今の先生の説明によれば、Bクラス以上とは組むだけで合格。すぐにでも試験のストレスから解放される特効薬だ。いろめき立つのも無理はない。
「……ま、そんなに甘い話はないと思いますけど」
ぼそっと先生が言った。
「あとは……ああ、負けた場合のペナルティの説明だけで、勝った場合の報酬について忘れてました」
どこか投げやりな様子で再びチョークを走らせる。
『報酬 10000pt』
「入学案内にも書いてありますが、この学園内では基本的に、金銭によるトラブルを避けるため、現金や電子マネーなどは使えません。代わりに使用するのがこの、学園オリジナルの学生証アプリ内にあるポイントです」
ポケットからスマホを取り出し、掲げて見せた。この学園の校章が目印のアプリを、白い指でタップする。
「1ポイント1円として、学園内のあらゆる施設で金銭の代わりに使われます。通常の電子マネーと同じような感じで、ピッピと使えますので、説明は不要かなーと思います。なので説明終わり。ホームルームも終わりです。それでは、1WeekVS、始めちゃってください〜〜」
ボリボリと黒髪を掻きながら、教壇を降りてしまう。その背中に、黒髪を背中までまっすぐ伸ばした、どこかお嬢様然とした少女が「待ってください!」と声を上げた。
「んん?」と面倒そうに振り返る。教室中の注目を集めた少女は「自己紹介とかしないんですか?」と優等生らしい提案を口にした。
それに対し、南野瑠璃はにたぁといやらしい笑みを浮かべて、
「しないよ〜〜。だって、覚えても半分は退学だよ? 中卒だよ? 脳のメモリーの無駄遣いじゃん」
言い捨てて、そのまま本当に教室を出ていってしまった。バタンと扉が閉まる音が引き金になり、Dクラスの生徒たちが一斉に騒ぎ始めた。
そのざわめきに耳を澄ませてみると、大部分は愚痴だった。「入学試験はなんだったんだ」「半分退学って冗談じゃないよな」「だったらこんな学校入らなかったのに」
そんなささやきだ。きっと、全員不安で、何か大きな悪者を作りたいのだろう。そんな流れが感じられた。
そしてその矛先は、学園や南野瑠璃に向かっていくようだった。なんだか嫌な空気だ。
そんな中でも、愚痴の輪には入らず、机に向かうものもいる。
スマホを開き、何かを忙しく検索していそうな様子だ。
……あの辺りは、競争相手に選びたくないな。
この戦いは、一騎打ちとなった相手との純フォロワー増加数の競争だ。当然、相手が自分よりも少ないフォロワー増加数なら勝ちになる。ならば、弱い相手は誰なのか? その答えを探すための検索だろう。本名でSNSをしている人間は少ないが、それでも検索すれば出てくる可能性はある。登校風景を撮影していた生徒たちもいるから、学園名やクラス名でも引っかかるかもしれない。
ただ、もう一つ有力な情報があるはずだ。
俺は立ち上がった。その瞬間、後ろのドアがガラリと開いた。
突然の来訪者に、クラス中の視線が集まる。彼らの、アッと、息を呑む気配。
腰まで伸びた白い髪をなびかせて、緑色の瞳を爛々と輝かせる少女がいた。
Aクラストップ。佐々木鈴蘭だ。
「おい、あれ!」
「ああ、Aクラスの……」
「みゅげちゃま……! 可愛い……」
「可愛い通り越して尊い」
……一部ガチファンがいるな。
佐々木鈴蘭は、注目を集めることには慣れているのか、視線やささやきは気にならないらしい。
小動物のような仕草でキョロキョロと左右を見回し、唐突にその視線を止めて、
「あーー! いたっ!」
と叫び、俺を見つめてにっこりと微笑んだ。
ギョッとしているうちに、スキップするかのような軽やかな足取りで近づいてくる。
「扉開けてすぐにいたんだね。見つかってよかった!」
そこでちらりと、佐々木鈴蘭は俺の机に視線を向けた。
「真夜中道……。やっぱり! ねえ、もう前々期試験の説明は聞いた?」
弾むようにまくしたてられた。別れ際の涙はすっかり引いていて、人懐っこい笑顔を浮かべている。名前に反して、大輪のひまわりのような子だ。
初対面にしては近すぎるくらい体を寄せられて、思わず後ずさってしまう。
「あ、うん。聞いた」
「もうびっくりだよね! Aクラスは負けたらBクラスになっちゃうって聞いて! それで、Dクラスは負けたら退学でしょ?」
無言でうなづき、肯定を示す。な、なんだ? まさか、泣かされた腹いせに煽りに来たのか? 南野瑠璃の嫌な笑みが思い起こされる。やばい。二人続けて豹変とか、昔よろしく、また人間不信になりそう。
そんなげんなりした気持ちを吹き飛ばすかのように、佐々木鈴蘭は俺の手を取り、にっこりと笑った。
突然の身体接触に、心臓が音を立てて飛び跳ねる。
「だからさ、あたしと組もうよ!」
「「「「「「「……………………は?」」」」」」」
俺の声と、クラスメイトの声がはっきりと重なった。クラスが一つになった瞬間に、感慨を深める暇もなく、
「どーいうことだコラァ!?」
「ふざけんな!」
「みゅげちゃまに気安く触るんじゃねぇ!」
「やーだー! あたし! あたしと組んでくださいお願いしますお願いしますお願いしますぅぅぅぅ!!!!」
まるで台風のように言葉が飛び交う。その大部分は嫉妬だ。もし本気で組もうと言ってくれているのなら、その手を取れば、俺だけは易々と試験を突破できる。
渡りに船としか言えないような状況だが……。
「断る」
この嵐の中でも聞こえるように、はっきりと言った。
ピキッと、佐々木鈴蘭は一瞬固まったようだった。
「え、なんで?」
断られるとは、思っていなかったらしい。捨てられた子猫のような、不安げな瞳でこちらを見上げてくる。
「……いや、逆に、なんで佐々木さんは、俺と組もうと思ったの?」
「佐々木さん……」
悲しげな声で、自分の名前を繰り返した。それでも、気を取りなおすかのようにブルブルと首を振り、無理やり作ったような笑顔を浮かべた。
「えっと、それはね……」
しかし、言葉が続かない。こう言った時、先を無理やり促すのは逆効果だ。辛抱強く、相手の言葉の続きを待つ。
だが、佐々木鈴蘭は、「うーーーっ」とか、「えーーっと……」と言うばかりでなかなか本題に入ろうとはしなかった。
ヤキモキしつつ、それでも言葉を待っていると、ようやく観念したように、
「えっと、あたしのこと、知らなかったから、悔しい……みたいな?」
本当ではあるが、全部は言っていない。そんな雰囲気を感じる言い訳だった。
やはり、佐々木鈴蘭は信用できない。
何より、俺と組むことによる彼女のメリットがわからない。いくつか考えられる候補はあるが、彼女ほどのトップインフルエンサーが、わざわざDクラスにやってきて俺と組む理由に値するとは思えない。
人間の積極的な行動は、究極的には自身にメリットがあるからこそ起こりうるのだ。ホストに貢いで身を破滅させる女性も、パチンコに生活費を注ぎ込む中年男性もだ。
そのメリットが何か見極められない以上、安易に手を組むリスクの方がデカすぎる。
現時点で、彼女と絡むことにより、俺のアンチが出来ていそうだし…………。
とりあえず、知らなかったから組みにきたというのなら、適当に自己肯定感を上げておくか。
「それについては全面的にこちらの勉強不足だった。こんな学校に入学するのに、準備不足で申し訳ない」
「えっえっ? そんなことないよ」
「クラス分け見たよ。Aクラストップだってな。フォロワー10万越えとか、やばすぎる。普段俺が見ないジャンルだったってだけだから、気にしないでくれ。
実際会って思ったんだけど、人気があるのもうなづけるな。性格明るいし、めちゃくちゃ可愛いし」
「ええ〜〜〜? そ、そうかなぁ。ありがとっ」
褒められ慣れているだろうに、可愛いと言われるのがよほど嬉しかったらしい。子犬みたいにぴょこぴょこと飛び跳ねている。
……なんというか、感情が結構すぐに上下するし、それを表現するのが大袈裟なくらいストレートな子なんだな。ちょっと羨ましい。
「じゃあ、そういうことで」
「え?」
唐突に話を切り上げた俺に、鈴蘭がポカンと小さく口を開いた。戸惑っている彼女をくるりと回転させて、背中を押し、そのままずるずると扉へ持っていく。
「え? え? ちょっと? 中道くん?」
戸惑う佐々木鈴蘭は、最後はつまづくように引き戸から教室の外へ。そのまま扉を閉める。
「え? え? え?」
ドア越しに戸惑う声が聞こえてくるが、関係ない。ガン無視だ。
そのまましばらく放置していると、とぼとぼ立ち去る足音が聞こえてきた。ふう。
一仕事を終え振り返ると、ほとんどクラス中の視線が俺に集中していた。こっちを向いていないのは薔薇男ぐらいだ。
流石に目立ちすぎてしまったか……。いや、俺のせいではないな。完璧に、佐々木鈴蘭のせいだ。このクラス内でも明らかにファンがいるぐらいの有名人だし、彼女がこの学年トップの実力者であることは、掲示板からも明らかだ。
現状の、1年生のナンバーワン。
インフルエンサーの卵という自意識高そうな奴らにとって、意識するなというのが無理な話だろう。
……さて、どうしたものか。
とりあえず、視線が気まず過ぎたので、俺は教室から出ていくことにした。
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