第2話・エグい学校

 心臓をバクバクさせながら、なんとか学園に到着した。

 明日からはこの坂道がないと思うと、それだけでずいぶんと嬉しい気分になる。

 校門は大勢の生徒で賑わっていた。

 真新しい学校銘板には『未来創造インフルエンス学園』と堂々とした達筆で刻まれており、そのすぐ横には、著名な芸術家が手がけたと思われる独創的な『入学記念』の看板が設置されていた。

 看板の前でも、インフルエンサーの卵達がきゃっきゃと写真撮影や動画撮影にいそしんでいる。明らかに映えが意識されたフォトスポットなので、狙い通りと言った所だろう。

 そちらのフレームに収まらないようにそっと移動しつつ、校舎を見上げる。

 坂道の途中から見上げている時にもずいぶんと大きな校舎に見えていたが、近くから見るとさらに大きい。まるで、天高くそびえ立っているかのようだ。

 しかし、この学園の真骨頂は高さにあらず。

 横がやばいのだ。

 郊外の自然豊かな山の上を切り開いた敷地は、学習エリア、クリエイティブ&イノベーションエリア、レクリエーションエリア、レジデンスエリアに分けられている。

 まずこの、学園がエリアに分けられているというのが意味不明だろう。テーマパークじゃないんだから、と言いたくなる。

 入学前に受け取ったパンフレットによると、学習エリアはいわゆる通常の学校部分。写真を見た限り、普通の教室や高校と大差がない。

 特徴的なのが、クリエイティブ&イノベーションエリアで、メディアライブラリー(めっちゃすごい図書館)や、イノベーションラボ(マーケティングやアルゴリズムの研究施設)、そして複数のクリエイティブスタジオを備えている。

 スタジオは、撮影用のブースだけでなく、音楽制作や動画編集など、クリエイティブな活動に使用できる最新型のアプリケーションを備えた高機能パソコンもあると言う。

 これらの施設が事前申請なしで、まるで図書室の本を借りるように利用できるというのだから驚きだ。

 レクリエーションエリアは、生徒が自由に意見交換やプレゼンテーションを行える開放的なコミュニケーションスペースや、屋外室内の運動場(いわゆる学校の体育館のようなものの他に、撮影に使えそうな謎の施設もある)の他に、食事や休憩を楽しむためのカフェやレストラン、買い物を楽しむためのショッピングモールなども配置されている。

 レジデンスエリアは、レジデンス(住宅・邸宅)という名の通り、学生達の寮となる。心臓破りの坂を毎日上らなくて済む理由がこの学生寮だ。

 生徒達は、学園によって割り振られた個室を与えられる。

 そして、基本的には卒業するまで、この学園から気軽に外に出ていくことはできない。企業案件や有名ギガチューバーとのコラボなど、学外に出るにはきちんとした理由が必要だ。

 ひとえに、インフルエンサーの卵を養成し、世界的インフルエンサーを排出するという学園の理念に基づいたものだ。

 一流になろうと思ったら、その物事に集中する必要がある。そのための環境づくりであり、炎上やストーカー、各種犯罪などから、まだ精神的に未熟な高校生を守るための手段でもあると言うことだ。

 この制度については、生徒や入学希望者の間でも一長一短らしい。

「まあ俺は、それがめちゃくちゃありがたいんだよな」

 呟き、一歩学園内に足を踏み入れる。

 確か入学案内によれば、入ってすぐにクラス分けの掲示があるという話だったが。

「お、あれか」

 明らかに人だかりがあり、すぐにわかった。だが、何かがおかしい。阿鼻叫喚、とまでは言わないが、嘆きやすすり泣きのような声が聞こえてくるのだ。

 まるで、テレビで見た東大の合格発表のようなありさまだ。試験結果ならともかく、クラス分けでそんなことが起こるのか……?

 不審に思いつつ、掲示板へと近づいていく。

「すみません……! 通してください……!」

 掲示を見終わっていたらしい何人かが、前を開けてくれたので潜り込む。

「ん?」

 滑り込んだ位置がよく、俺の名前は瞬時に見つかった。しかし、名前の横に意味不明の表記がある。

真夜 中道まよ なかみち  0』

「なんだこの0って……」

 まさか、入試テストの点数ではあるまい。

 もしそれが0点なら、この人気高に入学できるわけがない。もっとも、この学園のテストは一風変わっていて、学力テストや内申点はそれほど重要視されない。その代わりに、面接と内面テスト、それから提出するギガチューブのアカウントが選考に大きく影響するはずだ。

 見上げてみると、俺のクラスはどうやらDのようだった。中学までは数字だったから、なんだかこそばゆい。

 そのまま、同じクラスの名簿表をざっと眺める。

 気になって、そのまま横のCクラスも眺める。

「なるほど」

 そして、ある法則性に気がついた。まず、同じクラスでも掲載順が上の奴らの方が、数字が高い。

 MAXで99。そこからどんどん数字は下落していき、俺の名前の周りには何十人も『0』が並んでいた。

 そして、隣のCクラスを覗いてみれば、上から順に数字が下がっていくのは同じだが、一番下まで来ても、数字は99を下回らない。つまり、最低100以上ということだ。

 この数字が何を表しているのか、仮説はあるが、根拠がほとんどない。

 それでも、数字の順番に並べられ、明らかにクラスまで分けられているとなれば、一番上が誰なのか、気になるのが本能というものだろう。

 俺は人混みをかき分けるように左に進み、Aクラスの一番上の名前を見た。

佐々木 鈴蘭ささき すずらん 100000+』

 あっと、思わず声が出た。

『あたしのこと、わからない?』

 思い返せば、どこか挑発的だった彼女の言葉を思い出す。そして、俺は仮説を確信した。

 横の数字。

 これは、ギガチューブのフォロワー数である、と。

 新入生達の嘆きやすすり泣きの意味がようやく分かった。トップインフルエンサーを夢見て入学した生徒達は、自己顕示力が高いはずだ。希望に満ち溢れた入学初日の彼らの前に、真っ先に現れたのがこの、実質フォロワーランキングのクラス発表掲示板だ。

 自信がそこそこあったやつほど、Bクラス以下に配属されれば嘆きたくもなるだろうし、Aクラス内でも自分の立ち位置を早々に示されるというわけだ。

「エグいこと、しやがるぜ」

 俺はそっとその場を離れ、小さくため息をついた。どうやらこの学園、一筋縄ではいきそうにない。

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