第2話 お前に決めさせてやるにゃ。


「わしです。この世界を作ったのは」

 と、黒猫は神妙な顔で言った。

「と、とりあえず道の真ん中で喋るのもなんだから」

 動揺した僕は、別に何か悪いことをしてるわけでもないのに、人気のない夕暮れの道をきょろきょろと見回してから、猫の首の後ろを摘まんで持ち上げて、道の端に移動した。

 黒猫は身体をみょいーんと伸ばして、されるがままになっている。

「……ええと」

 道の脇の、古い木製ベンチに腰掛けた僕の膝の上に、猫は遠慮なく乗っかってきた。

「君がこの世界を作ったって?」

「そ」

 黒猫は澄ました顔で頷く。

「神様って呼んでもいいにゃ」

「あ、まあ……」

 もしも本当にこの喋る猫がこの世界を作ったのなら、確かにそれは神様と呼ばれるに値する存在だろう。

「じゃあ便宜上、神様って呼ぶけど」

「便宜上でも形而上でも、どうぞご随意に」

 なんだか理屈っぽい猫だ。

「何か聞きたいことあるかにゃ?」

 膝の上から、猫が僕の顔を覗き込んでくる。

 僕はまだこの猫を百パーセント神様だと信じたわけではない。わけではないが、ずっと心の中に思っていた例のあれを、せっかくの機会なので聞いてみることにした。

「じゃあ聞くけど」

「うん」

「さっきも言ったけど、この世界って、いろいろと設定が雑な気がするんだ」

「むむっ」

「まあそういう緩さは、僕も好きなんだけどね。それでもいいと思いつつ、時々ふと考えてしまうんだ」

「何をだにゃ」

「この世界には、何か大きな秘密が隠されてるんじゃないかって」

「にゃっ?」

 予想外の言葉だったらしく神様(仮)はびっくりしたように目を見開いた。

「秘密?」

「うん」

 僕は頷く。

「この世界の、一見オーソドックスなファンタジー世界に見せかけてはいるけど、明らかに分かる細部の作りの粗さ。でもこれがわざとだとしたら? 敢えて設定をぼかして、薄くして、作り物感強めというか世界のリアリティを弱くすることによって、逆に何か大きな秘密を隠してるってことだよね」

「お、大きな秘密……?」

 神様(仮)はそろーりと前足を上げる。

「何でそう思うにゃ……?」

「だって、そうでもなければ滝の名前がただの滝だったり、やばいドラゴンの名前がヤヴァドラゴンだったり、村の名前が一から順に数字で付けられてたり、そんなRPGツクールで素人が適当に作ったみたいな雑なネーミングにするはずがないと思うんだ。だから、これはこの世界自体をひとつのギミックとした恐ろしく規模の大きな仕掛けなんじゃないかって考えたんだよ。いずれここの住人たちがこの世界の真実に気づいたとき、常識はいっぺんにひっくり返って、今まで僕らが見ていたはずの世界は、全く未知のものに変わるんだ。そういう壮大な……神様?」

 黒猫は、僕の膝の上で全身の毛を逆立てていた。

「やめるにゃ。それ以上ごちゃごちゃ言うなにゃ」

「え……?」

「何もにゃい」

 絞り出すような声で、神様(仮)は言った。

「え?」

「秘密とか、そんなものは、にゃい」

 黒猫は、ふー、と唸る。

「よく分かんないこと、いろいろ言うなにゃ。わしがちょっと設定を作るのが苦手だからって、わざと言ってるにゃ?」

「え? え?」

「あるわけにゃいだろ、そんな、ギミック? とか、世界の真実? とかそんにゃもの」

 黒猫は、しゃー、と牙を剝いた。

「最初にお前が言った通り、ここはそういう緩い世界にゃ。ふん、わるかったにゃ。嫌味なやつだにゃ」

「あー……」

 どうやら、僕の考えすぎだったらしい。

 前世の悪い癖が出てしまった。

「ご、ごめん」

「傷ついたにゃ。わけわかんないこと色々言われて傷ついたにゃ」

 神様(仮)はそう言って、前足でせわしなく顔をこする。

「悪かったよ」

 僕は猫の頭を撫でて顎の下を掻く。

「ほら。機嫌直して」

「ふん、人間め。そんなことでわしの機嫌が直るとでも」

 神様(仮)はそう言ってじろりと僕を睨んだけど、五秒後くらいにはごろごろと喉を鳴らし始めていた。

「仕方ないにゃ。これは条件反射にゃ」

 まだ何も言ってないのに、神様(仮)はそう言い訳した。

「まあ、ちゃんと謝ることができるのはいいことにゃ」

 そう言うと、顔を洗うのをやめて僕を見た。

「なんかお前、詳しそうだにゃ」

「え?」

「設定とかに、詳しそうだにゃ?」

「いや、まあ、それほどでも……」

「名前はなんていうにゃ?」

「カタル、だけど」

「カタル……変わった名前にゃ」

 僕の膝の上で香箱座りをして、わしのセンスじゃないにゃ、とかぶつぶつ言っていた猫は、突然はっとしたように僕を見上げた。

「カタルってもしかして、異世界から引っ張ってきた人間じゃないかにゃ」

「え、分かるの?」

「にゃんと」

 猫は素早く立ち上がると、僕の肩に前足をかけて、顔をじっと見つめてきた。

「な、何?」

「ああ、そういえばこんな顔だったにゃ。思い出したにゃ。せっかく作った世界だから、他の世界の神様たちがキャッキャウフフしてる異世界転生とかいうのも受け入れてみたいにゃーって思って、試しにお前を引き取ったにゃ。でも引き取ったはいいけど、特に使い道もないから普通に暮らさせてたんだったにゃ」

「そ、そうなの!?」

 猫の口から語られる、意外な真実。

 異世界転生のことまで知ってるとなると、一気に神様感が増してくる。神様(仮)の(仮)が取れてしまいそうだ。

「じゃあ僕はやっぱり前世では、電車の中で命を落としたの!?」

「知らないにゃ」

 勢い込んで訊いたのに、猫はあっさり首を振る。

「わしはお前の魂を卸業者から買っただけにゃ。安かったにゃ」

「や、安かった……」

 何だろう。ちょっとショックだ。

「でも、そうか。お前にゃら」

 猫は右の前足を自分のほっぺに当てて、何かを思案するような顔をする。

「こっちの世界にはないセンスがあるはずにゃから、いい名前を考えるかもしれないにゃ」

「え?」

「よし。決めたにゃ」

 猫はぽふりと両前足を打ち合わせる。

「この村の名所の滝、名前が“滝”でつまらないとかさっき言ってたにゃ?」

「まあ、それは言ったけど」

「あの滝の名前、お前に決めさせてやるにゃ」

 黒猫は自信に満ちた目で僕を見上げてくる。

「決めさせてやるって……」

 一方の僕は、突然の提案に困惑する。

 決めさせてやるって、どういうことだろう。神様ならそういうことを取り仕切る権限があるってことなんだろうか。

「そんなことできるの?」

「できるから、言ってるにゃ」

 猫はあくまで自信満々だ。

「うーん……まあ、仮にできるとして」

「できるって言ってるにゃ。しつこいやつにゃ」

「まあ聞いてよ。僕はこの五の村では新参者なんだ。四の村の出身だからね。そんな僕が、大事な名所の名前を勝手に決めたりしたら、村の人たちに怒られるよ」

「そんなの当たり前にゃ」

 猫は、ちょっとかわいそうな人を見るような目で僕を見た。

「お前にそんな権限与えるわけないにゃ。名前を付けるのはわし。だって、この世界の神様だからにゃ。カタルには、その原案を考えさせてやろうというわけにゃ」

「原案……」

「いい名前なら、採用してやるにゃ」

 神様(仮)はそう言うと、空を見上げた。

「あ、もうこんな時間にゃ。そろそろ行かにゃいと」

 そう言って、僕の膝の上からぽふりと飛び降りる。

「明日また、この時間にこの場所で待ち合わせにゃ。滝の名前をそのときに披露しろにゃ」

 猫は僕を振り返って、言った。

「センスを総動員して、かっこいい名前を考えてくるんにゃぞ」

 そう言うと、ぽてぽてと歩き去っていく。

 すっかり暗くなりかけた路地に、黒い毛皮はあっという間に紛れて見えなくなってしまった。

「滝の名前……」

 僕が考えてもいい、だって。

 異世界から来た人間だからちょうどいい、だって。

 うーん……。それは……

 ――燃える。

 僕は、久しぶりに背筋がぞくぞくする感覚に襲われていた。

 懐かしい、この感覚。

 こっちの世界に来てからは、もしかしたら初めてかもしれない。

 あの喋る猫が本当に神様かどうかは、まだ疑問が残るところだけど。

 もし本当の神様だとしたら、僕の魂を買う時に、卸業者から言われなかったのかな。


 僕が、根っからの設定厨だって。



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