神様の代筆者 ~異世界で神話つくります~
やまだのぼる
第一章 村の名所の滝に名前を付けよう
第1話 正直、萎える。
ごんごんごんごんごん……。
轟音を上げながら、遥か上空をドラゴンが飛んでいく。
「……ドラゴンだな……」
と同僚のエルクが言わずもがなのことを言う。
「……そうだね……」
と僕。
二人で並んで、ぽかんと口を開けてドラゴンを見上げる。
ドラゴンはあっちの方向から来て向こうの方向へと飛び去っていく。僕らのいる地上になんか、ちらりとも目を向けない。
「……降りてこないな……」
とエルク。
「……こないね……」
と、僕。
「……ってことは、あれはヤヴァドラゴンじゃねーんだな……」
「……うん、そうだね……」
ごんごんごんごんごん……。
飛行機みたいな音を響かせて、ドラゴンは飛び去っていく。
そもそもあの音は、どこから出てる何の音なんだろう。
ドラゴンの背中には蝙蝠風の翼は付いてるけど、それをばさばさと動かしているふうでもない。あんな大きな生き物が、どういう原理で空を飛んでいるのかはっきりしない。
だけど、まあそういう世界だし。
別に、いいんだけどね。
「ちょっと、二人とも」
「へ?」
「お?」
呼ばれた僕らが顔を戻すと、同僚のビットがあきれ顔で僕たちを見ていた。
「暇だからってドラゴンばっかり見上げてちゃだめだよ」
「バカ、これも警戒だよ警戒」
図星を突かれたのに、諦めの悪いエルクが言い返す。
「あれがヤヴァドラゴンだったらヤヴァいだろ。だから監視してたんだよ」
「どう見たってただのノラドラゴンじゃないか。ヤヴァドラゴンがあんなにのんびり飛んでるわけないだろ」
「いや、万が一ってこともあるだろ」
「ないよ」
ヤヴァドラゴンとノラドラゴン。
……うん。いつ聞いてもぐっと来ない名前だ。
二人の会話を聞きながら、僕はついつい考えてしまう。
この世界の、このネーミングセンスはどうにかならないのだろうか、と。
たとえば、せめてヤヴァドラゴンじゃなくて、ヤーヴァドラゴンって伸ばしたら、ディーヴァみたいでちょっとそれっぽく聞こえるじゃないか。
ノラドラゴンじゃなくて、ノーラドラゴンなら、どうだろう。何だかちゃんとした由来がありそうに聞こえるじゃないか。
だけど、エルクもビットも、どう聞いてもしっかりと「ヤヴァドラゴン」「ノラドラゴン」と発音している。
萎える。
正直、萎える。
僕の知る限り、この世界には、大きく分けて二種類のドラゴンがいる。
人里を襲う凶暴な悪いドラゴンと、ただ空を飛んでるだけの人畜無害なドラゴンだ。
人里を襲うドラゴンはやばいやつだから、ヤヴァドラゴンと呼ばれている。
ただ飛んでるだけの方は、野良のドラゴンだからノラドラゴン。
ロマンの欠片もない、そのまんまのネーミング。
「……ドラゴンって、異世界の花形じゃないのかなあ……」
「え? なんだい、カタル」
「何か言ったか、カタル」
思わず漏れた心の声を、二人に聞き咎められてしまった。
「ああ、いやいや」
僕はすぐに作り笑顔で、手に持った木の槍を振る。
「なんでもないよ、独り言」
「お前、若いのに独り言多いよな」
「そ、そうかな」
エルクの指摘に、少し動揺。
そんなに多いだろうか。あと、若いのって独り言の多さと関係あるのかな。
「それで、カタルも行くだろ?」
「え?」
きょとんとすると、エルクは呆れたように笑う。
「聞いてなかったのかよ。カタルはたまに別の世界に行っちまうときがあるよな」
「そうだね。カタルは時々、一人でほかの世界に行ってるね」
ビットも頷く。
「いやあ……」
言い得て妙、といいますか。
他の世界に行ってるっていうか、他の世界から来たっていうか。
――そう。僕はこの世界とは異なる、別の世界から転生してきた人間なのだ。
今はこの村で、エルクやビットたちと一緒にしがない門番として働いているけれど、前世の僕は地球という星の、日本という国で暮らしていた。
「それで、ごめん。何の話だったっけ」
「ああ、そうそう」
深いことを気にしないエルクはすぐに元の話題に戻る。
「今度の休みに、みんなで滝にピクニックに行こうって話をしてたんだよ」
「滝って……あの滝?」
「そうだよ。あの滝のほかに、どの滝があるんだよ」
「僕はこの村の出身じゃないから詳しくないんだけど……ほかの滝はないの?」
「ない」
エルクは断言した。
「そっか」
滝。
それは、僕らの暮らす「五の村」の名所といっていい場所だ。
僕もこの村に来たばかりの頃に、エルクに連れて行ってもらったことがある。
村に隣接する森の奥にあって、落差はそんなでもないけれど、水量が結構多いので、どどどどど、と音を立てながら流れ落ちる様子はなかなかに迫力がある。
滝つぼの近くの岩場には、あまり他では見ない鮮やかな赤い色の草が生えていて、それも何だか特別な感じがする。
そういう滝。
名前はさっきから言ってる通り、滝。
……滝の名前が、滝って。
誰か、ちゃんとした名前を付けようと思った人はいないんだろうか。
「シーリアとかディアも呼ぼうと思うんだよ」
エルクが、村の女の子たちの名前を挙げた。
「ビットは奥手だからさ。俺が助けてやらねえと」
その言葉にビットは恥ずかしそうな顔をする。
「ああ、そういうこと……」
なるほど。納得。
僕はまだこの村の門番として働き始めたばかりの、十五歳。この世界ではね。
エルクとビットは僕よりも先輩で、年も五歳くらい上だ。
ビットは仕立て屋で働いてるディアっていう女の子のことが好きらしいんだけど、エルクの言う通り奥手なせいでまともに話しかけることもできないんだそうだ。
シーリアは、僕が内心でこの村で一番かわいいんじゃないかって思ってる女の子で、年はエルクたちと同じくらい。だから五歳も年下の僕のことは、弟くらいにしか思ってもらえていない。
とにかく、そういうメンバーを含めたみんなで、休日に森の奥の滝までピクニックに行こうということらしい。
「いいよ」
僕は言った。
「次の休みだね。行くよ」
どうせ休みって言っても、ほかにすることもないし。
「よし、決まりだ」
とエルクは嬉しそうに言った。
「ビット、ディアと仲良くなれよ!」
「いやあ……」
ビットは困ったように笑っていた。
夕暮れ時。
そんなこんなで、今日の仕事も終わった。
今日も平和だった。
交代の同僚たちに仕事を引き継いだ後、門の詰所を離れた僕はエルクたちと別れて一人、自分の家へと続く道をぶらぶらと歩いていた。
ファンタジー世界で村の門番っていうと、だいたいは魔物の襲撃に遭遇して死亡! とか、盗賊の襲撃に遭遇して死亡! とか、とにかく敵に襲われて死んでしまうイメージしかなかったんだけど、幸いこの世界はすこぶる平和で、今のところそんな気配は全くない。
あ、もちろんヤヴァドラゴンはやばいけど。
あいつらは空から来るから別に門とか関係ないくせに、ちゃんと門から攻めてくるんだよなあ。
まあとにかく、今日も平和。
スープのいい匂いが漂ってくる。どこかの家で夕食の準備中なんだろう。
前世、日本で暮らしてたときは、夕食時っていえば味噌汁の匂いがしてきたり、カレーの匂いがしてきたりして、そういうときはちょっとノスタルジーを感じてたけど。
異世界に来ても、やっぱり夕飯時っていいもんだよね。
ここは、穏やかで平和な世界だ。
いわゆるオーソドックスなファンタジー風の世界だけど、戦争の話も魔物の話も聞かない。世界を征服しようとしている巨大軍事国家の皇帝とか、四天王を率いて世界を滅ぼさんとしている魔族の王とか、そういうのは全然いない。
全然、殺伐としてない。
前世の日本みたいに、便利な機械はたくさんあるけど何だか日常がずっとぼんやりとつらくて、毎日流れてくるたくさんの情報に溺れそうになる、なんてこともない。
昼間のんびり働いて、夕方になったら帰ってご飯を食べて寝る(あ、もちろん門番には夜勤もあるけどね)。
たまには友達や同僚と一緒に、外のお店でご飯を食べる。成人だからお酒も飲める。
穏やかで、シンプルな暮らし。
僕はこの世界を気に入ってる。
ただ、ある一点を除いては。
ちょうどそのとき、僕の目の前を一匹の三毛猫が横切った。
「お、三毛」
それは、エルクやビットがよく可愛がっている野良猫だった。
この街のどこからどこまでを縄張りにしているのかは知らないけど、結構あちこちで見かける、行動範囲の広い猫だ。
僕が名前を呼んだせいなのか、三毛猫はぴたりと足を止めてこっちを見上げている。
「おいでー」
猫は嫌いじゃない。
僕はしゃがみこんで、人差し指を猫の鼻先に近づける。猫は近づいてきてふんふんと僕の指の匂いを嗅いだ。
「よしよし」
なでなでなで。
僕が頭から顔の脇にかけてを撫でてやると、猫は気持ちよさそうに目を閉じてその場にごろんと横になった。喉をごろごろと鳴らしている。
かわいいなあ。かわいいんだけど……うーん。
「ほんと、この世界っていい世界なんだけどさあ」
なでなでなで。ごろごろごろごろ。
僕は猫を撫でながら呟く。
「何でこんなに、設定が薄いのかなあ……」
ごろごろと喉を鳴らしていた三毛猫が、ぴくん、と耳を揺らして僕の顔を見上げる。
「やばいドラゴンだからヤヴァドラゴンって……」
なでなでなで。ごろごろごろ。
「村の名所の滝の名前が、“滝”って……」
なでなでなで。ごろごろ。
「そもそも村の名前が四の村、五の村って……一から順番に数字が振られただけって……」
なでなでなで。ごろご……
「三毛、お前もそうなんだよな。西洋風ファンタジー世界に三毛猫って……。いや、もちろんヨーロッパにも三毛猫はいるらしいよ? いるらしいけど、でもほら、イメージってあるじゃん。お前みたいな三毛猫って、やっぱりどうしても和猫って感じなんだよなー。こたつにみかんに三毛猫って、日本の冬の三点セットって感じするじゃん。実家の安心感っていうの? 僕だって落ち着くもん。落ち着くけど、日本人が落ち着いちゃだめでしょ。やっぱりファンタジー世界なら黒猫とかの方が雰囲気出るもん。ああ、異世界って感じになるでしょ。そういうところがちぐはぐっていうか、適当な気がするんだよな、この世界。ま、いいんだけど……さ……?」
だらだらと独り言を呟いていた僕は、思わず猫を撫でていた手を止めた。
あ、あれ?
黒い。
いつの間にか、三毛猫が黒猫になってる。
え? なんで? 僕、さっきまで三毛を撫でてたよね?
混乱する僕を尻目に、さっきまで三毛猫だったはずの黒猫は、大きく伸びをして体を起こし、僕を見た。
「お前の言葉は、刺さったにゃ」
黒猫は、自分の胸のあたりを右前足の肉球でぽふぽふと叩きながら、そう言った。
「へ……?」
「ぐさぐさと刺さったにゃ、この胸に」
「は……?」
猫が喋ってる。
この世界は確かに雑だけど、犬や猫が急に喋り出すような、そこまでの雑さ加減じゃなかったはずだ。
「なんで……?」
「だからぁ」
黒猫はじれったそうに言った。
「わし、わし」
左の前足で黒猫が自分の顔を指す。っていうか、二本足で直立してる。
「何が……?」
「この世界作ったの」
黒猫は言った。
「わし」
「え……?」
仕事帰りの、夕暮れの路地。
それが、僕と神様との出会いだった。
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