想いの終着点


 二回目の人生が始まって一年が経った。

 この一年、ボクは極力一回目の人生と同じように過ごして、その裏であの火災について調べた。


「藍! また私の胸触りやがって」


 翠とも順調に仲良くなって、ボクから告白して恋人になった。

 その頃から、全員の関係はほんの少し変化し始めた。

 一番変化がわかりやすかったのは黄。


 一度目は変化に気が付いていたけど、原因がわからず放置して全員の関係値は一日にして壊れた。


「恋人なんだからいいでしょ!」


「公共の場でしないでよ!」


 全員の関係値はほんの少し、と言うかかなりややこしい。

 ボクが好きなのは翠。ボクの事が好きなのが橙。

 橙のことが好きなのが、黄と紫の二人。


 ここまで言えば分かるだろう。ボクが翠を選んだ結果、黄は激怒した。ボクが橙の好意を知っていた上で翠を選んだから。


 ……ところでボクは言いたい。めっちゃケツが痛い。

 翠もこの一年で大きく成長した。主に攻撃力が。


「今日、忘れてないよね」


「ボクが友人時代から約束を忘れたことあったか? 安心したまえ」


 今日は翠とお泊りデートの日。一度目の人生でボクは男から漢に成長した日。二度目の人生でも一度目と同じなら今日また漢になる。

 いや、もう漢だから成長はしないのか? ま、いっか。


「じゃあ、また後でね」



「あんた、最近元気ないよね」


「元気あるよ」


「元気ない。私を誰だと思ってるの? 半年付き合ったあんたの彼女だよ? ほんの少しの変化ぐらい気が付くよ」


 ピンクの間接照明が翠を照らす。とはいってもそこにいる裸の翠はほとんど逆光の影に包まれていてはっきりと見えるのは妖艶な翡翠のような瞳だけ。瞳だけでも彼女の魅力は十二分に伝わってくる。


「私に全部ぶちまけて、私をあなたにとって必要不可欠な大切にさせてよ。お願い……」


 ボクの頬には温い水の雫がポタポタと零れて弾けた。

 涙。翠は涙を流し、感情を露わにしていた。

 ボクが悩んでいる事を知った上で、相談してくれないことに悲しみを感じているようだった。


 隠そうとしていたこの想いも自分の思考とは裏腹に、口から零れるように言葉が溢れてきた。


「……ボクは一度死んでいる。ボクは二回目の人生を生きているんだ。信じられないでしょ?」


 翠の涙に、焦りを隠すように笑みを作る。

 でも、自分でも分かるぐらいその笑みは不格好で笑えてしまうぐらいに下手くそな笑顔だった。


「私は信じる。藍は私に決して嘘をつかない。だから私は信じるよ、信じられないことだけど私は信じる」


 その言葉に、その言葉だけでボクの瞳からは涙が止まらなかった。


 ボクが翠に恋をしたのは、翠のそんなところに惹かれたからだった。

 表面上は冷たく人を突き放すことだって少なくもない。でも、心の中では決してそんなことはなく実際翠は親しい人を傷つけることはしなくて、温かく人を癒してくれる。

 いつの間にか、当たり前になっていた彼女の優しさにボクの拒絶という氷をまとっていた心が融解して、また熱を感じ始めた証拠だった。


 ボクは初めて翠に全てを打ち明かした。一回目の人生でボクは黄にいじめを受け、紫が黄をいじめた。関係が崩れたボク達は全員バラバラになって翠とも別れて、その悔恨が残ったまま全員死んでいったことを。

 そして、二回目の人生が始まってかなりの時間が経っていてそれなのにいまだに火災の真相を知るヒントすらないという絶望的な状況であることを……。


「独りぼっちは辛かった。もう一人じゃなくてもいいのかな……」


「いいんだよ、藍は一人じゃない。私もいるし、私だけでもないんだよ」


「みんな、死んでほしくない。苦しんでほしくない。ボクの命がある限り誰も諦めたくない」


「それは駄目だよ、命を賭けるなんて私は許さない……みんなで一緒に生きてそうして私達は幸せになるんだよ。絶対に……」


「うん……うん!」


 ボクの涙は止まることはなく、翠は泣き続けるボクを慰めて抱いてくれていた。

 涙が止まった時、決意は決まった。


***


 ある日、藍に呼び出された。放課後にボクの家に来てほしいって。

 今までもいきなり呼び出されて遊びに誘われる事は無かったわけじゃなかった。けれど、今日の藍は目の色が違った。冷たい藍色の奥に炎のような熱を感じた。


「ねぇ、紫」


「なんだよ、橙」


 先に帰った藍の通った道をなぞるように、オレは橙と歩く。

 紅葉が道を彩り、強い風が葉を旅立たせている。秋の終わりが始まっている。


「知ってると思うけど、オレは橙のことが好き」


「知ってるね。紫も知ってるでしょ私の答え」


「オレを傷つけたくないから言いたくないんだろ? わかってるよ。オレも言いたかっただけだ」


 橙は藍のことが好き。数年前からずっと分かっていたことだ。

 この会話ももう何回もしてきたものだ。けれど一度たりとも想いが揺らいだこともないし、これからもそんなことはない。


 とはいえ、オレは藍に嫉妬して、勝手にライバル判定なんかもする気はない。オレにとって藍はどんな関係になっても親友だ。


「紫も藍に呼ばれたんでしょ? なんで呼ばれたか分かる?」


「分かんない。話してくんなかったし」


「私も」


 いつも通り、オレ達は歩いていく。


***


「みんな、来てくれてありがとう。みんなにどうしても話しておきたいことがあってさ、今日呼んだんだ」


 ボクの家に六人全員が集まった。六畳の部屋に六人は若干手狭に感じてしまうが、仕方ないことか。


「みんなに、聞いてほしいことがある。大事な話なんだ。ちゃんと聞いてほしい……」


 ボクの声に全員が真剣な眼差しを向ける。そのまなざしはこっちも真剣だった。こんな状況でふざける馬鹿は当たり前だけどいるはずがない。


 だからこそ、ボクが話していくものに言葉に困惑、疑問、怒り……。みんながそれぞれの感情を露わにしていた。

 いきなり、自分は一度死んでいるなんて言われても素直に受け取れる方がおかしい訳で、実際ボク自身もまだ完全に飲み込んだわけでもない。


「そんなの信じられるかよ!」


 最初に声を上げたのは黄。


「まぁ、そうだよね……」


 ボクの話を信じられるわけがない。信じるための証拠もなければ二度目の人生であの火災を止めたいというのならどうして今の今まで行動をしなかったのか。そういう話になる。


「それに、お前の話なら一回目の人生でオレはお前をいじめていて、その理由も分かっているんだろ? ならどうして一回目と同じ道を進んでいるんだよ、今のオレならわかるよ。一回目の人生でオレがお前をいじめた理由がさ」


「黄、それは本筋から離れている。藍の話は最後まで聞いて」


 翠はあの時から、ボクに心酔しているようだった。

 鈍感と定評のあるボクでさえ気が付くほど翠はボクを尊重するような言動が目立っていた。


「藍はどうしたいの? まだその話は聞けていない」


「ボクは可能であれば火災の原因を突き止めて止めたい。それが無理でもここに居るみんなは死んでほしくない」


「バカバカしい。それが話の本題ならオレはもう行くよ」


「ちょっと! 黄!」


 紅は黄を追って、部屋を出た。

 規律を重んじる紅は、黄とボク達の中立的な立ち位置にいるのだろうな、紅は部屋を出る時に、協力する。頑張れなんて言ってくれた。

 その言葉に心がポカポカと温まって、頬が緩む。


「みんな、卒業式を生き抜くために協力してほしい」


 二回目の人生が始まって一年と半年。もうタイムリミットは半分程度しかなくてもうどうにもならないかもしれない。

 けれど、この繋がった決意は千切れない。この決意があれば最悪は絶対に来ない。ボクはそう確信している。


***


 卒業式の日。つまらない平凡な時間が流れている。

 誰かも知らない教育委員会や市や県のお偉いさんの意味のあるかもわからない話を聞いて、覚えてもいない校歌を歌わされて、卒業証書の授与が行われる。


 卒業証書なんて、卒業式後にあるホームルームの時間で渡せばいいだけで、こんな厳粛な雰囲気でロボットのように同じ動きで右手から受け取るなんてバカバカしい。


 ……一度目の人生なら、そんなことを考えていただろう。

 でも今日は二回目の高校の卒業式で、ボク達の命がかかっている運命の日だ。心臓がバクバクとうるさい。恐怖と緊張で脳は支配されている。


 結局、色々と調べたり火事の原因について学んだりしたのだがあの時の火災について知ることはできなかった。犯人を捕まえることもできなくて、このままいけば高確率で火災が起きてボク達は死ぬ。


 一度目と二度目の人生で流れは大きく変わったけれど、ボク達の間でいじめが無くなっただけで火災が無くなるとは思わない。


 ボクは今体調不良と言うことにしてトイレに引きこもっている。

 紫とスマホで通話を繋いでいて、向こうの音声は聞き放題。

 時間と式の進行的にそろそろ火が上がる時間だ。


「紫、そろそろ動く。ボクに何か起きたらお願いするよ」


 返事はない。状況的に返事はできないだろうし仕方ないか。

 トイレの個室から出て、誰にもバレないようにあたりを回る。

 

 体育館横の渡り廊下でそれを見つけた。


「ガソリンタンク。これから火が付いた? 信じられないけど他に火の付きそうなものはないよな……」


 この学校は石油ストーブを使っていてそのためにガソリンタンクがある訳なんだが……それが自然発火するとは思わないし、犯人はどこかいるはずなんだが。正面から来る人影に心臓が爆発するみたいだった。


「なんで君がいるんだよ……」


 ――翠


 そのスタイルに髪型。歩き方に首元のキスマまで。細かな所までその特徴のすべてが翠と一致していたんだ。一度目からの人生で出会ってから約六年。ボクが間違えるはずがない。


「……悪いのは藍だよ。真相はわかんないけどさ一度目の人生もきっとと言うか確実に私が犯人だろうね、犯行動機は藍だよ」


 翠は話し始めた。その言葉は不気味で身を震わせてしまう。


「私は藍のことが好きなのに藍は私のことを見てくれない。藍は私だけを見ていてほしいんだ」


 妖しい笑みは、その言葉は心臓に張りを突き刺したように痛くて、苦しくて……。


「自分のことを見てほしいから集団心中ってバカみたいじゃん」


 聞きなれたその声はいっぱいいっぱいだった心にほんの少しの隙間を作ってくれた。声の主は紫。

 それと、橙と紅に黄……。


「なんで、みんな」


「そもそも私と紫以外参加してなかったんでね」


 紅は笑った。生徒会長が抜け出していいのかよ、なんて紫は笑った。


「別に、藍も翠も好き勝手やることに文句は言わないけど、関係ない人を巻き込まないでほしい。特に橙を巻き込まないで」


「別に私じゃなくても巻き込まれたらいやでしょ……」


「私の邪魔しないでよ!」


 翠の怒号が響いた。耳の奥までピリピリと響くほどの音。

 その声と同時に橙に向かって殴りかかった。


「私は藍と一緒になれたら満足なのに、どうして邪魔をするの!」


「オレの目の前でそういうのできないって知らなかった? また邪魔しちゃってごめんね」


 紫は喧嘩もできる。人見知りと言うだけでこいつは根っからの不良だ。仲間以外の敵には容赦なんてするはずがない。


「最悪最悪最悪最悪最悪最悪最悪最悪最悪最悪最悪最悪最悪最悪!」


 呪詛のようにぶつぶつと、はっきりと聞こえる。

 感情は怒りよりやや悲しみ。憎悪にも似ている。


「……翠のことちゃんと見ていないでごめん。でも、ボクにとってみんなは形は違っても大切な人で誰もないがしろにできないんだ」


「私は藍の一番以外認めない。一番で唯一の翠にしてほしいの!」


「それはできない、全員が一番だから。翠も一番で橙も紫もみんな一番」


 話は平行線上。決着はつかない。


「今のボクは全員が一番。だけどさこれから翠が今以上に大切な存在になってよ。そうすれば翠の願いはかなうよ。絶対に」


 これでいいのかと言えばわからない。けれど、明日があればもしかしたら翠以外見れなくなるかもしれない。

 未来がわからないからこそ、今日を生き延びる事が幸せになるんだ。


「明日、ボクを一番にしてみせてよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ボク達の命は儚く燃える 猫宮いたな @itana

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画