ボク達の命は儚く燃える

猫宮いたな

二回目の高校生活


「卒業証書、授与」


 担任の先生が卒業生の名前を呼ぶ。

 呼ばれたら返事して起立する。そして着席の指示までずっと立つ。

 つまらない時間を無駄に浪費するための無駄の儀式。


 それぞれの道に進むために必要な「卒業」という証を得るためだけになぜこんな無駄な時間を使うのか。ボクには理解ができない。


 無駄で退屈な時間を無駄にしないために、卒業式が終わった後、昼ごはんは何をしようかと考える。

 近所のパン屋、コンビニ……。

 趣味でよく自炊はするが、今日は楽をして少し豪勢なものを食べたい。

 卒業式は無駄だとは思うが、卒業自体はありがたいものという自覚はあるからだ。


 ふわーっとあくびが漏れた。別に我慢する気も無かったが、あくびをしたせいで眠気を自覚してしまって、一気に眠気が襲ってきた。

 式はどうせあと一時間ぐらい続く。少しぐらいなら寝ても問題ないだろう。


 ――ジリリリリ‼


 荒々しくその音は鳴り響いた。火災報知器が火事を知らせている。

 厳粛な式は一瞬で混乱に陥った。


 火の手は体育館の入り口近くで轟々と燃えている。つまり、逃げ道は体育館脇の扉に絞られるわけだが、この学校は山の中にある。三月に雪が解けている訳もなく、その扉を開けたところで逃げ道はない。そこにあるのは見上げるほどの雪の壁だ。


 つまり、詰み。あぁ、ボクたちはみんな死ぬのか。

 死にたいなんて思わない。誰だってそうだ。ボクも死にたくない。

 けれど、ボクは目の前の確実な死を拒むことなく受け入れた。


 卒業生用に用意されたパイプ椅子にどっぷり座り、瞼を閉じる。

 しばらくすれば、熱を感じるようになって、絶叫も聞こえるようになってきた。火の手が体育館の中にまで来たのだろう。


 それでもボクは瞼を開けない。

 瞼越しに赤い炎の光を感じ、真っ黒だった世界が赤黒い世界に変わった。……そして、ボクは死んだ。


***


 目が覚めた、とはいっても意識が覚めただけで目はまだ開けられない。ボクは卒業式の日に火災に巻き込まれて死んだ……はずだった。なのにボクは生きている。生き延びて病院にでも運ばれたのか?


 重い瞼を開ければ、その景色は真っ白な無機質的な病室ではなく、見慣れた我が家の、ボクの部屋の天井だった。

 思えば、火事の被害に遭ったというのに、身体に痛みを感じない。

 火傷をしていないなんてありえないし、もし重症化して植物状態だったなんて言われたら、家にいるのはありえないだろう。


 重い瞼の次は重い体を起こす。ボクが見たのは夢だったのか?

 部屋を見渡す。するといくつか違和感を覚えた。

 ボクの趣味は読書で、自分の部屋には多くの本が置いてあるのだが、目を覚ました時、本棚の数も本の冊数も卒業式の日よりも明らかに減っている。それに違和感はそれだけじゃない。

 

 机の上に置いていたはずの写真も、ベッドに置いていたはずの人形も、ボクの部屋から姿を消していて……。


「そうだ、今日は何日だ?」


 卒業式の日から一体どれだけの時間が経ったのか、ふと疑問に思った。

 ベッド脇の机からスマホを取って、日付を見る。そこには四月七日と表記されていて、あの火災から一ヵ月の時間が経っていた。


あお! いつまで寝てるの? 今日から高校始まるんだから初日から遅刻したらダメだよ?」


 ……は?



 いつも通りの朝食の時間。リビングで家族四人でいつも通りご飯を食べる。米を掻きこむ親父も、静かにみそ汁を啜る母さんも、ソースのかかった目玉焼きを食べる妹も、全員がいつも通りの日常を過ごしている。


 まだ、完全に理解はできていないがボクは高校卒業の日から高校入学の日にタイムリープしてきたらしい。

 理解なんてできるはずはないし、まだ混乱しているが部屋のカレンダー、母さんの言葉、無くなっている本など……偶然が重なり過ぎて認めるしかない。


 ひとまず今日は入学式の日だ。学校に行かないと母さんたちに怒られてしまう。朝ごはんを掻きこんで部屋に戻って、制服に着替える。

 髪をワックスで整えて、軽くファンデとコンシーラーで肌を整えて、アイライナーで目元を強調。

 準備は完了。時間は七時四十五分。あと二十分で電車も来るし家を出た。玄関の扉を開けて、外の世界に初めの一歩を踏み出した。


「行ってきます!」

 

 学校に着いて、生徒玄関の前に置かれたクラス名簿を確認して自分のクラスに入る。タイムリープ前とクラスも名簿番号も同じで特に困ることもなくすんなりと自分の教室の自分の席に座った。


「高校でもよろしくな、藍!」


 席で時間をつぶしていたらクラスメイトが声を掛けてきた。

 聞きなれたその声に、少し安堵する。


「あぁ、よろしくしゅう


 狩龍紫かりゅうしゅう。腰上まで伸びてウェーブのかかった黒紫の髪。筋肉質で高身長の彼は、目の前に立つだけでも威圧感を感じる。


 ボクが中学の頃からの親友で、中学の時は学校一の不良なんて呼ばれていた奴だ。とはいえ、こいつは人見知りだから自分から喧嘩を吹っ掛けることもないし、ボク含めた数人の友人ぐらいとしか話さない。

 陰キャの不良。それが紫を象徴するのに一番いい言葉だろう。


「なぁ、もし三年後に死ぬってわかっていたらどうすると思う?」


 遠回しにだが、火災の事を聞いてみた。

 もし紫がボクと同じであの火災を経験してるなら今の言葉で理解してくれるだろう。


「いきなりどうした? ……死なないように努力するよ」


 ボクの問いに紫は答える。その答えは望んでいたものとは違ったのは少し残念だけど。


「すいません……そこオレの席なんですけど」


 次に現れたその声に、心の臓を力強く握られたような感覚に襲われた。 その声の主は、一度目の人生でボクに生を諦めさせた人間だった。


「君は、名取黄なとりおうくんだっけ」


 表面上は冷静に、内面は恐怖に飲まれていた。

 こいつは一度目の人生でボクをいじめてきた、一番関わりたくない人間……関りを絶つことは難しい気がするが。

 

「はい、名取です。一年よろしくお願いします」


 紫ほどではないが長髪で、鋭い目つきは目が合うだけで恐怖を感じる。

 こいつは、この先のことを知らないわけだしこの感情は押さえておかないとな。違和感なくいられているだろうか。


「ボクは間銅藍まどうあお。こっちは狩龍紫。ボクたちは幼馴染なんだな、紫は無口だからあんまり気にしないで」


 ボクの二度目の人生での目標はひとまず卒業式を生き延びること。

 その為にはできるだけ一度目と同じ人生の流れにして、卒業式の日に、火災が起こる前に火災を止めること。

 

 未来を大きく変えて火災でない別の事件が卒業式に日に起きてしまったらボクは生き延びれるだろうか。

 生き残る確率が高い方に向くのは自然の摂理だろう。


「おい、藍。お前大丈夫か? 今日おかしいぞ?」


 紫はボクの些細な変化にも気づいて心配してくれる。

 できるだけ見せないようにしていたけど分かりやすかったのかな……。


 ザワザワと教室が慌ただしくなる。周りを見ればほとんどのクラスメイトはもう来ていて、いくつかのグループも形成されている用だった。その中には彼女達もいて、目が合った。


「藍、紫。春休みぶりだね」


 花筐橙かきょうともり。ボクたちのもう一人の幼馴染。

 天真爛漫でにかっと笑うその笑顔はみんなの心の拠り所でもあった。

 ボク達三人は、中学の時からずっと一緒だった。

 けれど、一度目の人生でボク達は決別した。


 彼女も、紫もボクの元から離れてしまった。

 でも、今はボクの手の届く距離にいる。どうしてだろう、瞳に涙が粒となって流れる。止まらない。涙が一切止まらない。

 止めようと手のひらで拭っても拭っても、溢れる涙はボクの感情を爆発させた。


「え、っちょ……藍⁉」


 紫も橙も混乱していた。いきなり泣くボクに戸惑うのは当然の事だけど、橙はすぐにボクの背中をさすって泣き止むまでずっと一緒にいてくれた。紫も何も言わず、何も聞かず、ただ近くにいてくれた。


「何してるんですか? 教室という公共の場で男女で触れ合って」


 さっき橙と一緒にいた二人の少女もボク達のごたごたに気が付いて寄って来た。

 生徒会所属で真面目という言葉が一番似合う彩里紅さいりくれないと、妖艶な雰囲気を持つ山波翠さんばみどり

 

「えー別に幼馴染だから、小さい時からずっとこんな感じだよ」


 橙は小さい時に裸も見ているし、まぁ色々あって……。

 小学生の頃も中学の頃も、ボク達に思春期が無いと言わんばかりにボディタッチも多いし、普通に距離も近い。

 

「それでも、ここは公共の場です。少しは自粛してもらえますかね」


「はーい」


「それとあなた。その髪の長さ校則違反です。男子は前髪は目にかからない程度、後ろ髪も肩にかからない程度って決まってます」


「小うるさい女だな……」


「なんて言いました?」


 一回目の人生でも紅と紫は犬猿の仲だった。不良と優等生で相容れるわけないのは分かっていたけど毎日のように喧嘩するのはどうかと思うよな。

 二人のくだらない痴話喧嘩を後目にボクは翠から目を離せないでいた。


「何ですか、初対面で……」


 ボクは彼女、翠と恋人の関係だった。

 最初の出会いは今みたいな感じで良好な物じゃなかったけど、次第に仲を深めていって、最終的にボクが想いを伝えて、恋人になった。

 

 ボクの全てを捧げた人。


「いや、あなたがかわいくて」


 もう涙は引っ込んでて、言うつもりのなかった心の声が漏れてしまった。一回目の人生でも、その姿に目を惹かれていたっけ。

 でも、確実に言えるのはボクが惹かれたのは姿ではなく、翠のぶっきらぼうな優しさだ。


「私たち初対面ですよ」


「初対面でも、可愛いものは可愛いし、あんたが美人なのは変わらないし、ボクの目が離せないのも事実。特にね、足いいよね」


「……い」


「なに?」


「気持ち悪いって言ってんだよ!」


 後ろ回し踵蹴り。足に見惚れた報酬はボクの脇腹に突き刺さった。あまりの衝撃にボクは横に吹き飛ばされて机と椅子をガタガタと倒す。

 超痛い当たり所が悪かったらしく、呼吸ができない。でも、これは見方を変えればご褒美なんじゃないか?


「カッ……この痛み、忘れないからな……」


 ふんっ! と翠はそっぽを向いてしまった。その逆にクラスメイトの視線は全部ボク達に向けられている。


「初対面でそんなこと言うからだよ、少しぐらい反省しな」


 アハハと紫が笑った。


 ボクは強くもないし頭もよくない。あの火災の原因を突き止めて火災を無かったことにとか、全員を助けるなんて絶対の確証を持って言うことはできない。


 でも、だからこそ狩龍紫、花筐橙、山波翠、名取黄、彩里紅の五人だけは絶対に助けたい。この命に代えても絶対に。


 ボクの二回目の人生が始まった。

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