理性と本能




彼の名前を指先で打ちかけては、消す。

一文字ごとに、欲望が波のように押し寄せてくる。


——会いたい。

ただ抱きしめられたい。


けれど理性が冷たく囁く。

「その一言は、あなたの生活を壊す」


わかっている。

彼には帰る場所があり、私はその隙間でしか存在できない。

心臓は乱れているのに、頭は異様に冴えている。


スマートフォンを伏せ、深呼吸する。

爪が掌に食い込むほど強く握りしめて、衝動を抑え込む。


理性は言う——耐えなさい。

本能は叫ぶ——欲しいのは彼だけだ。


夜が更けていく。

窓の外を見ても、月の光は冷たく私を照らすだけ。

胸の奥でうずく熱を抱えたまま、私はまた「平気な女」を演じる。


——会いたいと告げない強さが、私を生かす最後の盾だから。



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