遠きは花の香
志に異議アリ
引力
月の満ち欠けに合わせて、わたしの心も揺れる。
忙しない日々の中で、たった一度、彼と会える夜だけを待ち続けている。
その時間のために生きていると言ってもいい。
――逢瀬はわたしにとって、呼吸そのもの。
息を潜めて過ごす日常よりも、彼と過ごす一瞬の方がずっと
「生きている」
と感じられる。
けれど、この想いは誰にも知られてはいけない。
現実は、わたしたちを許さない。
昼の光の下では決して名を呼び合うこともできない。
それでも、月の引力のように彼に惹かれてしまう。
理屈も、約束も、未来もない。
ただ「今」だけが、わたしたちの真実だった。
彼は言った。
「こんな夜が永遠ならいいのにな」
わたしは笑って答える。
「永遠なんてなくていい。こうしてまた会えた、それだけで充分」
波のように寄せては離れ、また引き戻される。
一緒にいられる時間は短い。
だからこそ、心は急き立てられ、指先ひとつ触れることさえ切なくなる。
やがて月が欠けていくように、夜は終わりを迎える。
わかっているのに、別れ際になると胸が軋む。
「また……来月」
彼の声は、約束ではなく祈りのように震えていた。
その言葉を胸に、わたしは次の満ち潮を待つ。
たとえ昼の世界で認められなくても――
夜の海と月だけが、わたしたちの秘密を知っている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます