遠きは花の香

志に異議アリ

引力





月の満ち欠けに合わせて、わたしの心も揺れる。


忙しない日々の中で、たった一度、彼と会える夜だけを待ち続けている。


その時間のために生きていると言ってもいい。


――逢瀬はわたしにとって、呼吸そのもの。


息を潜めて過ごす日常よりも、彼と過ごす一瞬の方がずっと

「生きている」

と感じられる。


けれど、この想いは誰にも知られてはいけない。


現実は、わたしたちを許さない。

昼の光の下では決して名を呼び合うこともできない。


それでも、月の引力のように彼に惹かれてしまう。

理屈も、約束も、未来もない。


ただ「今」だけが、わたしたちの真実だった。


彼は言った。

「こんな夜が永遠ならいいのにな」


わたしは笑って答える。

「永遠なんてなくていい。こうしてまた会えた、それだけで充分」


波のように寄せては離れ、また引き戻される。

一緒にいられる時間は短い。

だからこそ、心は急き立てられ、指先ひとつ触れることさえ切なくなる。


やがて月が欠けていくように、夜は終わりを迎える。

わかっているのに、別れ際になると胸が軋む。


「また……来月」

彼の声は、約束ではなく祈りのように震えていた。


その言葉を胸に、わたしは次の満ち潮を待つ。


たとえ昼の世界で認められなくても――


夜の海と月だけが、わたしたちの秘密を知っている。


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