泉の女神

敷知遠江守

あなたが落としたのは

「あなたが落としたのは、金の愛ですか? それとも銀の恋ですか?」


 白い薄衣に身を包んだ女神が、満面の笑みでこちらを見ている。


 「えっと、俺、斧なんて落としていませんけど?」


「斧の話などしていませんよ? 面白い方ですね」


 口元を袖で隠して、上品にクスクスと笑う女神。膝から下はまだ泉から出てきておらず、真冬にその状態で寒くないのだろうかと心配になってしまう。


「俺はただ、妻から突然離婚を告げられ、傷心を癒すためにここに来ただけで、金だの銀だとの言われても……」


「まあ、そうでしたの。それはお辛かったですわね。そんな正直者のあなたに、この金の愛か、もしくは銀の恋、どちらかを差し上げましょう。どちらがよろしいですか?」


 両掌を上にして、何かを持ち上げているようなポーズをしてはいるのだが、残念ながら、掌の上には何も見えない。悲しいかな、俺にはこのクソ寒い中、女神のコスプレをして泉に入っている痛い女性にしか見えない。


「その、金の愛と銀の恋って何が違うんですか?」


「金の愛は、黄金のように美しい愛です。銀の恋は、白銀のように光り輝く恋です。さあ、どちらかお選びください」


 黄金のように美しい愛?

 白銀のように光り輝く恋?

 好意的に解釈すれば、妻が欲しいか、それとも恋人が欲しいかと聞かれている気がする。冷静に考えれば、金の愛を求めて妻と恋愛すれば良い気がするし、銀の恋を求めて、最終的に妻にしてしまえば良い気がする。

 穿った考えをすれば、金の愛を求めたら、恋愛どうこうではなく、なし崩しで結婚、例えば過ちで妊娠したとか、で、何となく夫婦になってという未来なのかも。銀の恋を求めたら、ずっと二人だけ、子供もできず、寂しい老後が待っているとかなのかも。


 ううむ、悩む。


「あの、相手の女性はどんな感じの女性なのでしょうか?」


「あなたは女性を見た目で判断されるのですか?」


 ……しまった。女神様が若干ご立腹だ。誤魔化さねば。


「そうではありません。見た目ではなく、性格の話をしているのです。私にも女性の好みというものがありますから」


「なるほど、そうでしたか。では、逆に伺いますけど、どのような女性が好みなのですか?」


「そうですね。気立てが良くて、料理が上手くて、しっかり者で、たまに我がままを言ったり、お茶目な面が見れる、そんな女性でしょうか」


 女神様が両眼を閉じ、眉を寄せ、悩まし気な顔をしてしまった。


「その条件に合う女性だと、七十代の方になってしまいますけど、かまいませんか?」


「あ、今のは聞かなかった事にしてください」


 まさか、女神様から反撃を受けるとは思わなかった。もう少し真剣に考えねば。

 まず、最低限の条件を出そう。愛か恋かは、その条件に合う方を選ぼう。


「えっと、明るくて、料理が上手で、一緒にいて楽しい方が良いです。できれば、なるべく若い方で」


「なるほど。一緒にいて楽しい方ですね。いますよ。非常に明るくて、しかも結構お若い方が。ちょっと服のセンスが派手ですけど、たこ焼きを焼くのがとても上手なんです」


「あの、まさかとは思いますけど、その方、お笑い芸人さんじゃないでしょうね?」


 「秘密です」と言って微笑む女神様。秘密も何もバレてますよ。

 さっきから何なんだこの女神様は。女性の好みの話になったら、急に煽るような事ばかり言ってきて。


 はっ!

 もしかして!

 もしかして!

 実は俺の事を誘ってるんじゃないのか!?


「決めました、女神様!」


「やっと決まりましたか。で、どちらになさいますか? 金の愛か、それとも銀の恋か」


「俺は、女神様、あなたが欲しいです!」


 袖で口元を隠してクスクスと笑う女神様。これが正解に違いない!


「どこまでも面白いお方。残念ですけど私はもう品切れなんですの。この先も強く生きてくださいね。では、お達者で」


 女神様はくるりと背を向けて、泉の中に帰って行ってしまった。

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泉の女神 敷知遠江守 @Fuchi_Ensyu

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