第2話
シズクが死んでから、何日か経った。ウララはショックからか、いつも勝手に話し出す童話の話をしない。お姫様がどうこうとか、聞いてもいないのにずっと喋りだすのに。コトリはずっと、治癒魔法の練習をしていた。自分の腕を切り刻み、それを治すことを繰り返し続けている。ブツブツと何かをつぶやきながら。イノリは、いつもの勝ち気な態度がすっかりと鳴りを潜めてしまっている。私は、そんな彼らを見るのが嫌でたまらなかった。シズクがいれば、きっとこんな状況でも、何とかしてくれたのだろうか。天から見てくれているはずのシズクのことを、私は想い返す。
施設の休憩室はそんな有様だったけれども、学校にはもっと行きたくない。彼らはシズクの話をする。私が弔った、シズクの話を。彼女はもうここにはいない、天へと昇っていったのだ。だから、また彼女を地上へと縛り付けるようなことをしないでほしい。みんなだって、それが分かっていて何も言わないのだから。クラスの誰かが、シズクの死に様をニヤつきながら話す。
「あのモデルのシズクがさ……」「あんなふうになるなんてな」「ちょっと興奮したかも」
無言で、彼の首を絞め上げる。嗚咽を上げながら、小便を漏らす彼。生温かい液体が足にかかる。不愉快だ。シズクを穢すだけで飽き足らず、汚物まで撒き散らし周りも穢すのだろうか? さらに力を込めようとしたとき、周りの人たちに止められた。教師が息を切らしながらやって来て、私は早退させられた。
帰り道で、急にスマホが鳴った。政府の人からの電話だ。私は過去の反芻をやめて、反射的にスマホを取る。
「ウララが拉致された。すぐに――」
電話も切らずに、私は駆け出した。今度こそ、仲間を失いたくはなかったから。
そこは、今は廃墟となっている工場だった。みんなはもう来ている。シズクの事があったから、私を待っていてくれたみたいだ。合流して扉に近づくと、工場の中から何かを打ち付けるような音が響いてきた。聞き覚えのあるはずなのに、聞いたことがない声色の声も。私は破るように扉を開けた。音の中心には、ウララがいた。うつろな瞳で、頬が緩んでいて、うれしそうな嗚咽を漏らしながら体を上下させている。周りには男たち。まるでその光景を私たちに見せつけるかのように、不自然に正面が開けていた。彼らは一心不乱に、ウララの体に纏わりついている。空の注射器と、破かれた服が周りに散らばっていた。
イノリは怒りで飛び出そうとしたけれど、私はそれを止めた。こんなことをした彼らには、行いに相応しい報いがなければならない。
私は彼らを、地面から飛び出させた魔法の槍で下半身から口まで貫いた。学校の授業で習った、百舌の早贄を思い出すような光景だ。百舌は食べるために早贄をするらしいが、私はそうじゃない。これはただの教育と報復だ。彼らにも、ウララが受けた苦痛を教えてあげるための。
「ねえ、コトリ。ウララと、彼らを治療してあげてよ。」
吐くことを堪えるのがやっと、そんな表情のコトリは怒りに満ちた表情で私に聞き返す。
「なんで、アイツラも……?」
自明なことを。呆れたように、淡々と私は答える。
「生花は、花が生きてないとダメじゃない。」
救急車のサイレンが、「すべては、書に記された通りに」どこからか聞こえてくる。どうやら、私は景色に見とれていたらしい。目の前には、剣山に刺さった生け花に囲われたお姫様がいる。お姫様は、目を閉じている。誰かがキスすれば、目覚めるのかもしれない。そんな、ウララが好きでよく語ってくれた、童話のひとつを思い出した。そっと、ウララに口づけをしてみる。少ししょっぱい、粘つくような味のするキス。でも、ウララは目が覚めなかった。コトリは涙と吐瀉物にまみれながら、治癒魔法を使い続けていた。
私は、静かに火を付けた。その火は幻想を映し出す。ウララの笑っている顔。楽しかった日々。みんなで、童話の世界を模した遊園地に行ったあの日。貫かれ焼かれていく、罪人の木霊はパレードの歌のよう。燃える火の明かりは、馬車を照らすライトのよう。饗宴の中心には、ウララがいる。いつか私たちに語った、お姫様になる夢を叶えたウララが。
次の日。朝から今後の会議をするというのに、コトリがいなかった。イノリはそれについて何も言わず、ただ会議室の机の上に置かれている、一枚の手紙を指さした。彼女は唇をあまりに強く噛みしめていて、綺麗な赤色だった唇が青く変色していた。私は手紙を手に取って、読み始める。可愛らしい、コトリが好きな淡い緑色の便箋。
「ごめん、アカリ、イノリ。私はみんなに迷惑をかけたくない。私は家族に迷惑をかけたくない。シズクの家族と、ウララと同じような目に、私の家族をあわせたくない。私には、そうなってしまった人を、誰も治す事が出来なかったから。だから、そうならないようにする事にした。さよなら。ごめん。」
私は、嫌な予感と一緒に、ああ、そういうことなんだろうな、というどこか達観したような気持ちの自分がいることに気がついた。政府の人が入ってきて、私たちに告げる。予感通りの姿に、コトリがなってしまったことを。
コトリは、いつもみんなを守りたいと言っていた。私たちはそのひたむきな姿に、いつも励まされていた。彼女は治癒魔法で、傷ついた私たちを治してくれていた。でも、彼女のその力はシズクを治せなかったし、シズクの家族を治せなかったし、壊れてしまったウララを治せなかった。そして、自分の心も治せなかった。
テーブルを殴りつけ、政府の人に掴みかかるイノリ。私はそれを見ていても、何も思わなかった。ただ、それが起きていることだけが分かる。救えないものは救えないのだ。私たちにできることは、ただ弔いをすることだけ。私はコトリの居場所を「すべては、書に記された通りに」聞く。まだ、そのままなのだと政府の人は言った。
確かに、コトリの個室にはコトリがいた。手折れた花のようになってしまったコトリが。昨日と同じように、いろいろな液体に塗れてしまったコトリが。最後に恐怖を感じたのだろうか。縄をほどこうと掻きむしりながら魔法を乱発し続けたせいで、目も当てられないような酷い姿になっていた。私は、綺麗好きだった彼女がそのままでいることに耐えられなかった。政府の人たちは、なぜ綺麗にしてあげなかったのだろう? シズクの時だって、何もしてはくれなかった。まるで彼らが、彼女たちの死に様を、私たちに見せつけたいようにすら思えてくる。
いま、綺麗にしてあげるね。そう言って、私は灯火を掲げた。イノリは、呆然としながらその光景を見つめていた。その顔は、燃え上がる炎を見ているうちに、歓喜の表情へと変わっていく。
「アカリ……私、私、わかったよ! そういうことだったんだね! アカリ、アカリは正しいよ。私はいつも文句をつけてたけど、本当はアンタのほうが正しいってことはわかってたし、みんなをまとめられるのはアンタだけだってわかってた! 私にも今、ようやくわかったよ。みんなのために、私ができることが!」
どこかへ飛び出していくイノリ。その姿を見送ると、なぜだか急に眠くなってしまった。
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