第2話

エピソード2:平常運転


第一章:鎧


夜の帳が降りた2025年3月の東京。

タクシードライバー、千池等海、30歳。

芸能界完全引退後、ペリカンクラブの裏方や短期のバイトなど紆余曲折を経て昨年、タクシードライバーとなった。

彼女の制服の下には、6年前に解散したアイドル凪海だった頃の残響が熱を帯びている。

人を信じられなくなった彼女は、人と深く関わらずに稼げるタクシードライバーという“理性的な職業人の鎧”を選んだ。


第二章:記憶


午前01:45。客足が途絶える中、等海に無線が入る。

「文京区白山下交差点コンビニ前にて待機、お客様名は、桂 様です」

指定場所へ向かい、後部座席に乗り込んできたのは、30代の身なりの良いスーツ姿の男性だった。

彼をルームミラー越しに見ながら、「どちらへ行きますか?」と等海。

「高速に乗って、広尾駅方面へお願いします。」

「ハイ!かしこまりました」と返事をしながら料金メーターを入れ走り出す。

すると、桂がボソッと一言。「もしかして、凪海さんですか?」

等海は反射的に「いいえ、違います」と即答したが、男は言葉を継ぐ。

「そうですか、、、でも、やっぱり紫色制服がお似合いですね!」

等海は、運転に集中し聞こえていないフリをしてやり過ごす。

ほどなくして目的地に到着。

「料金は¥6,540です。」等海はトレーに乗せたレシートを差し出すが、男はスーツの内ポケットから財布を取り出し、料金トレーを避け直接、等海の手へ1万円札を渡した。

その瞬間、彼の指先が、一瞬だけ彼女の指に触れた。

「お釣りは結構です」と言い残し、男は言葉少なに降りていった。

それは、正規の料金とは異なる純粋な凪海へのチップという対価であった。


第三章:出会い


翌朝帰宅した等海は、数年ぶりに不意に触れられた男性の指の感触と凪海と呼ばれた過去の栄華を反芻し、行為に耽った。

それは、自己嫌悪と背徳感に彩られながらも、彼女にとっての秘められたセットリストとなり、幾度となく続いた。


疲れ果ててウトウトとしはじめた時。#ピンポーン♪玄関チャイムが鳴る。

誰?と思いながら玄関を開けると、年の頃なら20歳前後の大人というよりは、まだ少年といった感じの男性が立っていた。

「ハイ?なんでしょう?」と等海。

「あっ!はじめまして。今度、隣の215号室に引っ越して来た美浦です。あの、これ、つまらない物ですが、、、」小さな菓子折りを手渡す。

「あっ、どうも千池です。」そう等海が答えると、彼はペコッと軽く頭を下げて帰っていった。

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