ゴシップ
けみ
第1話 ”小さな希望は大きな絶望よりも苦しい”
📖 地下アイドルグループ スイート・トリニティ(通称スイーティティ)
プロローグ:砂上の楼閣(2015年〜2020年)
アイドルカフェ《ペリカンクラブ》のショータイムに華を添えていたアルバイトの女性、心織(しおり・当時22歳)、凪海(なおみ・当時21歳)、真理愛(まりあ・当時19歳)の3人は、スカウトにより地下アイドルグループ「スイート・トリニティ」(通称スイーティティ)を結成した。(※2025年現在、心織は32歳、凪海は31歳、真理愛は29歳となる。)
ペリカンクラブのマネージャー、千池魅沙姫(みさき)は凪海の実姉(1989年1月13日生、某国立大学、法学部卒。弁護士を目指しているが、司法試験に合格できず資格取得と生活のためマネージャー業を続けていた)。
活動期間約3年を経て、シングル曲『カラフルシ・ンフォニー』でメジャーデビューを果たし、各推し色のサイリウムに照らされた熱狂的なステージを経験した。赤色のキャプテン心織の透き通る歌声、紫色の凪海の可憐なダンス、青色の末っ子真理愛の愛らしい笑顔は、確かなファンベースを築き上げた。
しかし、メジャー活動約2年後の2020年5月。
信頼していた事務所の社長N氏がCM契約金を持ち逃げし、事務所は倒産。
グループは解散を余儀なくされ(解散時、凪海は25歳)、
メンバーは希望と情熱を裏切られたまま、それぞれが暗い現実へと散っていった。
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エピソード1;諸行無常
第一章:春の嵐
その日は、いつもと同じ始まりだった。
心織は少し早めに家を出て、真理愛はコンビニでカフェラテを買い、凪海は少し寝不足のまま駅の階段を上った。
三人とも、今日も当然、レッスンがあると思っていた。
だが、事務所の前で立ち止まることになる。
「あれ?鍵、閉まってる?」
心織がドアノブを回すが、固く閉ざされたまま。
ガラス越しに見える薄暗い室内には、人の気配がまったくない。
「おかしいよね? Dさん、もう来てる時間でしょ?」
真理愛がスマホを取り出し、連絡を試みる。
凪海は無言で扉に手を当て、ガラスの向こうの曇った空気をじっと見ていた。
いつも散らかっていたデスクの上が、妙に片付いているように見える、、、なんで?
ほどなくして、スーツ姿の男性がやって来る。
「おはようございます!スミマセン少し遅れました!」マネージャーのD氏だ。
「あれ?社長まだ来てないんですか?」鍵を回し、扉を開ける。
だが、事務所の中に入った瞬間、誰もが言葉を失った。
デスク上のPCや扉の開いた金庫、事務所は空っぽだった。
壁に掛けられていた三人のポスターだけが物空しい、、、。
空気だけが、何かを隠すように静まり返っていた。
「、、、うそ、でしょ、、、?もしかして、泥棒???」
心織の声が震える。
真理愛は周囲を見回しながら、「ねぇ、なんで? 誰が片づけたの? 昨日はあったよね?」とDに詰め寄る。
「そういわれても、、、社長に連絡してみます!」とDマネージャー。
凪海は、無人のデスクにポツンと残された“使用済みのキーホルダー”だけを見つめていた。
誰のものだったかすら思い出せないほど、この突然の空虚が大きかった。
「警察に連絡した方がいいんじゃない!?」そう思った時、Dの手の中で仕事用のスマホが震えた。
最初の着信、、、Dが応答する。
「すみません、そちらは、Nプロダクション様でしょうか?お支払い請求の件で、、、」
Dが電話対応していると、それを合図かのように続いて、事務所の固定電話が鳴る。
ほぼ同時に先を争うように、他も電話鳴り出した。
それはまるで、捨てられた箱に雨粒が落ち続けるように、電話は止まらなかった!
そしてまた、、、債権者!、、、債権者!!、、、債権者!!!、、、エンドレス!真理愛が思わず、固定電話のモジュール線を抜いた。
「社長に、連絡が取れない。」Dの呟いた声は、事務所の空洞に吸い込まれた。
心織の顔色がゆっくりと失われ、真理愛は怒りと恐怖が混ざったように歯を噛み締め、凪海は呼吸を忘れて立ち尽くした。
三人の胸に、同時に同じ感覚が広がる。
“終わった”そう告げられる前に、既に終わらされていたのだと。
外はまだ昼間なのに、事務所の中だけ真夜中のように暗かった。
「とりあえず今日は皆さん、一旦帰りましょう。私は、これから社長の家に行ってみます。」Dが提案する。
「それなら私達も、、、。」と、凪海。
「それは止めた方がいいよ、この状況なら社長の家にも、、、。」真理愛が尻込む。
「そうね、Dさんに任せて帰りましょう。心織が促した。
「それでは、皆さんは各自宅で待機していて下さい。状況が分かり次第、追って連絡致します。」そう告げるとDは慌てた様子で事務所を後にした。
第二章:無音
駅までの帰り道、誰も言葉を発しない、、、いつもなら、Dに窘められるほど、燥いでいる3人なのに、、、。
「ねぇ、少し話さない?」凪海の提案に2人とも、無言のまま頷く。
そして3人は、駅前のカフェに入った。
「ねぇ、誰か何か知ってる事ないの?」凪海が切り出す。
「はぁ〜っ、、、。」ため息をついたあと、真理愛がポツリと話だす。
「先週、社長が新しいスマホを持ってて、私が、いいな〜!って言ったら、社長が『美味しい儲け話があるよ!』って言ってきて、ケイ、、、なんとか投資って、『3ヶ月で5倍になる!』って。」
「えっ!?それで、まさか、お金出してないよね!?」凪海が問いただす。
「出しちゃった、、、。」と真理愛。
「幾ら?、幾ら渡したの???」心織が驚く。
「2、、、」真理愛が小さい声で答える。
「20万!?」凪海が尋ねる。
「ううん、違う。」と真理愛。
「えっ!まさか200万!?」と心織が大きな声をあげる!
「違うよ、、、2万円」真理愛が答えた。
「もう!脅かさないで!」2人は少し安堵した。
「社長は、『もっと出せないの!?』って言ってたけど、そんなお金無いよ。」
そういえば社長、最近携帯3台持ってたな、、、凪海が思い出す。
「心織、最近、、『社長の様子がなんかおかしい、、、。』って言ってなかったけ?」凪海が尋ねると、「うん、でも『新事業を計画中だから、心配要らない!』って言われたの。」心織が答えた。
その後、特に目新しい情報も無く、3人は言葉少なく、それぞれ帰宅の途についた。
第三章:凶報
夜になって、Dマネージャーからメッセージアプリで報告があった。
『お疲れ様です。
本日、社長のマンションへ行きましたが、応答も無く不在でした。
また、社長のマンションと事務所付近には、怪しい感じの人が数名、我々の様子を伺っているようです。
皆さんも十分注意して下さい。
また、各TV局にも債権者から問い合わせが入っているようで、今月と来月のスケジュールは、一旦すべて白紙になりました。
なお状況が分かり次第、ご連絡いたします。』Dより。
第四章:ストップ・ザ・ミュージック
そしてその数週間後、スイート・トリニティは、静かに消滅した。
解散記者会見も、最後のライブも無い。ただ、郊外のレンタルルームでD氏撮影のお別れ動画をアップしただけ、、、ただそれだけだった。
残されたファンからは、復活を願う声は止まなかったが、スイート・トリニティは、解散ライブも、最終ステージも、最後のMCすら許されないまま、、、強制的に完全消滅した。
その背景にはCM契約した海外コスメブランドが状況次第で提訴をおこなう旨を警告している“連帯責任条項”の違約金 1億2千万円の請求、、、それは、どの事務所に移籍しても責任が転換される可能性があり、各芸能事務所は一様に及び腰だったからだ。
そして3人には、“ただ終わった”という事実だけが残った。
第五章:門前の虎、後門の狼
スイート・トリニティが解散となってしまったが、芸能界の煌びやかな生活から離れたくない思いが強い。
諦めきれない凪海は個人的にオーディションに臨みようやくドラマの端役をゲットした。
しかし妻子ある主演俳優と一夜の過ちを犯してしまう。
それは、凪海の空虚感に付け込まれた渾身のミスだった。
結果、ドラマは降板を余儀なくされ芸能界から完全引退となった。
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